リーダーの育成に効果的なのは良質な場であり、どのような機会や課題・テーマを与えるかが重要であると言われる。そのような中、最も多いキーワードとして出てくるのが所謂「修羅場経験」という言葉であろう。要はチャレンジングで困難な場を与えることで、そこでの成長を期待するという事である。
「結局そこに尽きる」という一言で片づけられてしまう事が多いのだが、本当にそうだろうか。同じような修羅場を与えても、劇的に伸びる人材とそうでない人材がいる事を筆者もこれまで多く見てきた。知識・能力・経験はほぼ同じ条件であっても、そのような事は起きている。
この問題を解く鍵の1つが「目標設定の与え方」であり、下記3点が重要となる。
01
結論から言ってしまうと、成長を引き出す目標の与え方はジレンマがある目標である。例えば単に「XXの事業課題を解決せよ」といったものではなく、「XXの事業課題を解決せよ。ただし、○○といった条件も同時に満たしてほしい」といったものである。
この○○には、通常その課題を解決しようとすれば、下がってしまうものや阻害要因となるようなジレンマ=制約条件があるものを設定するのが望ましい。例えば「売上をX倍にしてほしい。しかしながら組織のエンゲージメントもより高くしてほしい」といったものである。鬼軍曹のようなリーダーシップで短期的に組織に喝を入れれば売り上げは上がるだろう。しかしながら組織は大きく疲弊してしまう。この2つを同時に満たすことをリーダー候補に求めていくのである。
このような目標設定をした場合、単に事業課題を解決するための課題を特定し、その課題に対してアクションプランを立て、それらを着実に実行するというストレートフォワードな解決策では立ち行かなくなってしまう。デカルト流に言うと二律背反する状況で止揚(アウフヘーベン)する必要があるのである。相矛盾する条件の中で、複数の判断軸を考慮しつつ重層的かつ創造的なアプローチを考案せざるを得なくなるのである。
上記は目標自体にジレンマを埋め込む例であるが、目標のテーマが持つ特性と、本人が持つ強みの2つの間にジレンマがあるものでもよい。端的に言えば、本人がこれまでの強みを単に発揮していては解決が難しい種類のものであり、その達成のためには必ずこれまでの自身を自己変容させることに気づく必要があるようなものである。
SMARTのSはシンプルだが、そういう意味ではシンプルではいけないのである。
02
上述のようにジレンマあるチャレンジングな目標を設定することも大事なのだが、ともすれば陥りがちなのが、あとは本人のやる気と運次第ということで、修羅場を設定して終わり・・・というケースである。成功確率と失敗確率が20%:80%ぐらいの時に、後は本人と運任せという形にして谷底に突き落とすイメージである。
勿論失敗から学ぶことも多いとは思うのだが、貴重な人財をあえて失敗させて成長スピードを鈍化させなくともよいのではないかと思うのである。
この高確率での失敗を前提に考えるアプローチではなく、目標を与える際に、とにかく成功させる事を前提として事前に徹底的に考えるアプローチもあるはずである。そうすると、必ず何らかの必要な支援策やモニタリング方法、失敗する可能性が高い領域や状況が特定できる事が多い。思い切って場と目標を与えることも大事な一方で、貴重な人材が成功体験を積み、自信を持ってもらうことも重要である。この後者の部分を事前に上手くデザインする事が多くのケースで不足している。
これは近年スポーツの世界でも注目されている手法であり、以前は成功確率20%:失敗確率80%ぐらいの練習をひたすら繰り返し、成功確率を100%に近づけていくという根性論的アプローチが多かった。しかしながら近年では、その比率を少し変え、成功確率80%:失敗確率20%ぐらいの比率にした上で成功体験を積ませ、自信を持たせるアプローチの有効性が指摘されている。
勿論上述のジレンマある難しい目標を設定する時点で、成功確率80%という事は難しいと思うが、多少成功確率を上げるための支援をしたほうがよいと思われる。要は一人で走らせるだけではなく、周囲の適度な支援でリーダーとして一皮むけるためのお手伝いをしてあげたほうがよいという事である(リーダー候補となる人材であれば大概はこれまで一人で走る力は身についている事を前提としているが)。
03
リーダー候補に対してサクセッション・プランなどで注目されがちなのは、能力発揮であったり成果であったりする。しかし最も重要なのは、これまでの自分をどれぐらい変えられるかといった自己変容度である。言い換えれば内省を通じた己の中の多様性の拡大である。
経営者としてリーダーとして組織を牽引していく人々は、常に移ろいゆく環境の中で変化に適応していくと同時に、社内外の多様な人々に影響を与えていく必要がある。その際に自己変容力が低い人材は、仮に現時点の能力がどれほど高くともリーダーとして大きなリスクを持ってしまう事は間違いない。
従ってリーダー候補として見るべきは、『既に持っている能力や資質が向上した面』だけではなく、『これまで持っていなかった能力や資質の獲得、発想の広がり、新たな視点の獲得、マインドセットの転換』といった有益な自己変容の度合いである。
この資質があるか否かはリーダーとして根本的な要素であり、組織の命運を左右するため、上位者はしっかりとモニタリングする必要がある(上位者だけでモニタリングが難しい場合は、周囲の情報をしっかりと集める必要がある)。また組織としてはリーダー登用の直前に確認するのではなく、もっと早い段階で見極めておくべき種類の要素であろう。
経営に近くなればなるほど目標の与え方も抽象度が実はあがってくるのであり、SMARTとは程遠くなったりする。例えば、「とにかくこの業界で名前が通るぐらいのインパクトを出せ!」といった具合であったり、与えられた方が奮い立つようなビジョナリーな目標だったりする。
またここまではリーダー候補に対して目標を与えるという前提で話してきたが、そもそも企業経営を将来担うリーダー候補であれば、目標ぐらい自分で設定しろという話もある。ただ一足飛びにそこまでいくのも難しいと思うので、まずは成長のステップとして制約条件やジレンマがある目標設定をすることでリーダー候補の成長スピードを加速してはどうだろうか、またできるだけ成功確率をあげることが必要ではないか、というのが本稿の趣旨である。3点目で触れたが、いくら能力が高くとも自己変容度が低いリーダー候補は、組織にとって大きなリスクが生じることも強調しておきたい。
目標設定については、あまりに事業面にのみフォーカスがあたりがちなので、もう少しリーダー育成的な観点も組み込んでいく事が重要であろう。