彼らが期待する「透明性の高い客観的な指名」とは、投資先企業の経営者(層)が、そこで求められる人材像・人材要件を踏まえた明確な選任基準に従い、複数の社内外取締役により “公明正大” に指名されるというものです。しかも1人の後継者を指名するだけでなく、その後ろに層の厚い次世代の後継者候補群が控えているという状況が望まれます。
一方で、当然ながら、後継者計画において創業者や現経営者・経営陣の思いが適切に反映されるということも極めて重要です。そこで本稿では、社内外のステークホルダーの期待値を全方位的に解決する後継者計画をどのように設計、運用すべきであるのか、検討してみたいと思います。
<< 後継者の定義に “黄金律” はない >>
後継者計画(サクセッション・プランニング)の設計において最初に取り組むべきなのは、自社の経営者あるいは経営層として求められる人材像・人材要件を定義すること(以下、要件定義)です。これは、後継者の指名にあたって“物差し”となる基準を作るということでもあります。
ただし、ここで注意しなければならないのは、要件定義は、自社のビジネスモデルや戦略、さらには置かれたフェーズに合ったものでなければならないということです。例えば、既存事業の安定的な維持拡大といったフェーズにある企業に求められる経営者の人材像・要件と、海外市場も対象にした買収・合併を検討するなど短期間で成長を志向するフェーズにある企業に求められる経営者の人材像・要件は、当然ながら大きく異なります。こうしたフェーズを無視して“標準的な”要件定義を行っても機能しないか、すぐに形骸化してしまうことになります。自社のビジネスモデル、中期経営計画に盛り込まれた今後数年間の戦略の柱、そもそもの経営理念などを棚卸ししたうえで、自社の経営者(層)として求められる人材像・人材要件を見極めることが肝要です。要件定義に“黄金律”はありません。
<< 要件定義の具体的な手法 >>
経営者(層)の人材像・要件定義の仕方にはいくつかのバリエーションがありますが、推奨されるのは下記2つの手法です。
1つ目は、現経営者へのインタビューです。経営者(層)に求められる人材像・要件は、管理職以下とは異なるため、その定義もトップ目線で行う必要があるからです。豊富な経営経験を持つ現会長、社長、副社長ならではの視点を反映させることにより、経営目線に立った定義を作ることができます。
2つ目は広範なアンケートです。指名委員、社内外取締役、場合によっては執行役員まで含めて広く意見を集め、これを集約することで、定量・定性両面から経営者(層)に期待される人材像・要件を確認することができます。
これらの結果を踏まえて、要件定義の素案を作成し、指名委員会での議論を経て最終案をまとめ、これについて取締役会の承認を得るというのが、後継者計画を作成する手順となります。指名委員会では要件定義を巡る議論でコンセンサスに至るまでに時間を要するケースが散見されますが、こうした議論のプロセスを経ること自体が、質の高い後継者計画を作成するうえで極めて有用です。
<< 客観性・中立性の高い選抜基準プロセスとは? >>
要件定義をした後、次に検討すべき課題は、年間スケジュールを含む後継者計画(サクセッション・プランニング)の運用プロセスです。具体的には、定義された経営者(層)の人材像・要件に基づき、どのような母集団を対象に、どのような手法で後継者(候補)を選抜・指名をしていくのかを検討することになります。表1は、弊社が年間を通して後継者計画を支援させて頂く際の標準プロセスになります。
この中でしばしば論点になるのが、後継者候補の絞込みにあたっての選抜基準です。すなわち、広範な候補者群を何を基準に絞り込み、第1次母集団として選抜するのか、また、更なる絞込みに際しては何を追加基準とし、最終的な候補者(数名)を選抜するのかという点です。こうした後継者の選抜プロセスを示したのが下表2です。
経済産業省が昨年(2017年3月)に策定した「コーポレート・ガバナンス・システムに関する実務指針(CGSガイドライン)では、経営層の後継者候補について「執行役員等の層に加え、その次の世代である事業部長等の層も含め、複層的に育成対象とすることが有効」としています(24ページ「4.1.2. 経営人材候補の戦略的な育成の在り方」の一番上参照)。多くの企業では、部長・本部長を「第1次母集団」とし、その中から、実績評価や人事考課結果、さらには上司や部門の推薦といったことを基準に「第2次母集団」を選抜しています。他方、経営トップの後継者候補は、取締役に限定する企業と執行役員まで含む企業に分かれます。
日本企業では、第2次母集団からさらに数名の候補者に絞り込む際の選抜基準がないケースが散見されます。この段階での選抜基準がない場合、広範な候補者の中から、社長による鶴の一声で、あるいは取締役会の“曖昧な総意”の中で選抜されることになります。このように明確な選抜基準がない状態を放置すれば、外部、特に欧米の投資家の目からは、後継者計画そのものが「恣意的」に映るリスクがあるので要注意です。
後継者の指名や後継者候補の選抜に客観性・中立性を持たせるために有用なのが、評価結果の定量化と第三者評価の実施です。まず定量的な評価としては、心理検査があります。上述のとおり後継者計画では最初に経営者(層)の人材像・要件を定義する必要がありますが、この要件定義に心理検査の結果も組み込むことにより、この点について候補者が要件をどの程度満たしているかを定量化することができます。また、要件別に本人スコア、上司スコア、同僚スコア、部下スコアを算出するという「多面評価」を実施することにより、本人評価とのギャップを数値化することも可能です。
第三者評価では、最終候補者数名に対してアセスメント(評価)専門コンサルタントによるインタビューを実施します。これにより、経営者としての適性やリーダーシップリスクについて検証することが可能です。人事考課等の結果による選抜に、上記のような客観性・中立性を担保するプロセスを加えることで、より“公明正大”な指名・選抜プロセスが実現できるでしょう。後継者計画とは、要するにこうした選抜の仕組みを標準化し、さらに対象を複層化した上で毎年運用することであると言えます。
<< 後継者計画(サクセッション・プランニング)専任の担当者が必要 >>
もっとも、せっかく後継者計画を作っても、それを適切に運用できていない企業が少なからずあることも事実です。後継者計画を適切に運用するためには下記の3点が重要となります。
1点目は、経営トップのみならず、「経営陣」の後継者計画を合わせて設計し、取締役会の承認を得ることです。後継者計画(サクセッション・プランニング)は会社全体として取り組むべき、むしろ取り組まない限り機能しない重いテーマだからです。
2点目は、将来の経営者あるいは経営陣の候補となる人材は「会社全体」の資産であるという“全体最適”の立場に立ち、これらの人材は本社が一元管理し、長期育成するシステムを実現することです。部門最適を実現するための短期的な配置や異動の犠牲にならないよう、配慮する必要があります。
3点目は、後継者計画専任の担当者を置くことです。本来、後継者計画は指名委員会マターではありますが、会社にとって極めて重要なテーマであるとともに、運用の負荷も大きいため、後継者計画を専門に担当する機能あるいは専従社員を置くことで、適切な運用を担保する必要があります。
後継者計画(サクセッション・プランニング)が適切に設計・運用され、その仕組みの中から企業価値を中長期的に向上させられる経営者が現れることが期待されるところです。
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本稿は会員制ポータルサイト 『上場会社役員ガバナンスフォーラム』に寄稿した内容に一部加筆・修正したものです。