しかし、実際に職務等級制度を導入した企業の中で、「等級制度やそれに紐づく評価制度・報酬制度を設計したのはいいものの、社員の理解・納得が得られない」や、「社員のみならず役員レベルでも職務等級制度に懐疑的な声が上がり、制度の企画までは進んだものの最終的な導入に至らない」、「せっかく導入したがうまく運用できない」、という悩みを抱えるところは少なくない。職務等級制度の企画・導入・運用の支援を提供する当社にも、こうした相談がこの数年益々増えている、という肌感覚がある。
以下は、2016年9月に当社ニュースレターとして発行した内容を一部改定したものだが、約3年たった今日において、同様の悩みをお抱えの企業が多くいらっしゃると考え、再掲させていただく。
【職務等級制度の導入により "できなくなること" 】
職能資格制度と職務等級制度で、概念的に最も異なるのは、等級決定の根拠である。社員一人ひとりの職務遂行能力の大きさに基づき、社員個人即ち"人"に等級を付与する職能資格制度に対し、職務等級制度は、各"ポジション"(イメージとして "椅子"と表現することも多い)に、職務価値の大きさに応じた等級を設定するものである。このような違いがあるため、職務等級制度の導入により、これまで実施してきた人事施策の中で、できなくなることが発生し、このことが、職務等級制度への疑念を生む要因となっている。
【"できなくなる" ではなく "できるようになる" という価値の訴求】
このように、"できなくなること"を挙げると、職務等級制度の導入に二の足を踏みがちになるが、これと表裏にある"できるようになること"に目を向けると、印象が異なってくるはずだ。
"昇格に基づく動機づけができなくなる" ということを "登用に基づいた動機づけを図ることができるようになる"と読みかえてみると、年齢や経験を問わず、当該ポジションに最適な人材が任用される職務等級制度は、若手はもちろんのこと、ベテランであってもその社員が最適な人材であれば、そのポジションに就くことができるという、極めてフェアな制度となる。このようなインセンティブの考え方と決定方法の変更について、しっかりと経営陣や社員が理解することで、職務等級制度への抵抗感は一定程度緩和できる。また、適切な人材の登用を実現するために、人材アセスメントを実施するなどして社員の能力の把握を行うこと、そしてそのような施策の実施を社員に伝えることにより、人選の適切さを担保・演出することが可能となる。
なお人選について、職能資格制度では得てして、昇格をさせたい社員がいる場合に、意図的に評価に"下駄をはかせる"ことをして、自社が定める昇格要件を満たすという、あまり健康的とは言い難い運用がされることも少なくない。職務等級制度では、昇格という概念がないため、このような評価の恣意的なコントロールはできないし、する必要がない。職務等級制度では、より上位のポジションに任用したい社員にはかせる"下駄"は、評価ではなく"職務・役割"となる。上位ポジションでの活躍が高い蓋然性を持って見込まれることを示しうる職務・役割を発揮する場面を与え、当該社員がそれに応えることが、実際の任用に繋がる。
"職務・役割と報酬の切り分けができなくなる"も、"職務・役割と報酬がリンクできるようになる"と言いかえてみると、これまで高い役割を担ってきた相対的に低報酬の若手などにとっては、非常にポジティブなメッセージとなる。もちろん、職務の大きさ(職務価値)が適切に評価され、それに見合った報酬水準が設定されることがこのメッセージの前提となるため、これらの実施の徹底が必要だ。また、降職に伴う報酬減が起きる社員に対しては、一定の移行措置を用意することにより、職務・役割と報酬のリンクに対する否定的な感情が緩和されることが期待できる。こうした施策とセットで、"できるようになること"を社員に伝え、職務等級制度の導入への前向きな社内世論を醸成したい。
【職務等級制度の導入に求められる会社の"覚悟"】
実は、職務等級制度を導入した後でも、これらの"できなくなること"を回避することは不可能ではない。例えば、ポジションへの任用を、その職責を果たせる最適な人材を登用するのではなく、年功をベースに決定することで、昇格に基づく動機づけと同様な効果を生むことができる。また、これによりベテランの報酬水準を維持することも可能となる。しかし、こうした運用を行ってしまうと、その恩恵にあずからない社員の反発は避けられない。職務等級制度を導入すると決めた以上は、"できなくなること" を受け入れ、適切に運用することが肝要である。
職能資格制度から職務等級制度への移行は、単なる制度の見直しに留まらず、人事上の極めて大きなパラダイム転換である。慎重に検討し、導入を決定した場合には、変化を恐れない"覚悟"を経営陣が持ち続けることが、職務等級制度導入の成功の鍵を握る。