企業が大きな変革を遂げる時、その一つは大きな外圧がかかった時です。企業の変革は大仕事であり、大きなエネルギーがないと中々進みません。社内の企画部門が声を上げるだけではいまひとつ大きなエネルギーにならず、最近では働き方改革など掲げながら、中々進まない企業も多かったように思います。この半面、ビジネス環境が大きく変わったり、大きな不祥事によって軌道修正を迫られたり、外部からの強い要請によって変革せざるを得ない状況に追い込まれると、大きなエネルギーが生まれます。
新型コロナウイルスによる影響はまさに強い外圧であり、世界中の企業で仕事や働き方を一変させました。在宅勤務や会議・営業活動の非対面化が急速に広まり、ハンコ文化や紙印刷資料など、長年変わらなかったビジネス慣習の見直しも進み始めています。この新型コロナウイルスという強い外圧は未だ弱まることなく、しばらく企業の変革を強力に促していくでしょう。
新型コロナウイルスの影響で大きな変化が起こっている領域の一つがジョブオートメーション(仕事の自動化)です。これには大きく2つの流れがあります。
1 つ目は、人と人との“非接触化”ニーズによる業務のロボット化です。コロナ禍以降、飛沫感染の恐れから、人と人との接触自体が健康リスクと捉えられるようになりました。特に医療現場では人と人との接触を減らすためにロボット導入が進んでいます。製造系企業でも、工場内の人と人との距離を保つために、人の配置を減らして工程を自動化するFA(ファクトリーオートメーション)の導入が進むと言われています。コロナ禍以降、キーエンスやSMCといったFA関連企業の株価が高騰していることからも、この分野への世間の注目度が伺えます。
2 つ目は、業務効率化のニーズによる事務仕事のRPA(Robotics Process Automation)化です。これまでも多くの会社が取り組んでいた分野ではありますが、経営環境の変化やリモートワークが一気に進んだことをきっかけに、効率化ニーズがますます顕在化しています。仕事・働き方見直しの流れの中で、これまで以上のスピード感で進むでしょう。
ジョブオートメーションを実際に導入する上では、どのようなことを考える必要があるでしょうか。ここでは、仕事の自動化を考える枠組みをご紹介します。
自動化の導入を考える最初のステップは、どの仕事を自動化するのかを考えることです。仕事を、担当者ごとのかたまり=職務、一つ一つの作業=タスクとすると、職務をより細かいタスクに分解・分類することで、人でなければできないタスクと、自動化できるタスクが見えてきます。タスクを分類する際の軸としては以下の3つの軸があります。
( 1 ) 同じことを繰り返す仕事か、変化がある仕事か
( 2 ) 一人で完結する仕事か、周囲と協力しながら進める仕事か
( 3 ) 対面や肉体労働など物理的な仕事か、知識労働など非物理的な仕事か
次に、ターゲットとなるタスクの自動化によって何が得られるのかを把握します。これは4つの次元で考えることができます。
( 1 ) リスクの防止:人がやるとエラーが起きたり、何らかのリスクがあったりする仕事を自動化することで、リスクを最小化するという考えです。書類のチェックやデータ入力業務などを自動化することにより、抜け漏れやミスをなくそうというのはこの次元に該当します。
( 2 ) パフォーマンスの均一化:同じことを繰り返す仕事などは、人がやると体調や気分によってパフォーマンスがばらつく可能性がありますが、自動化されれば常に一定のパフォーマンスが維持できます。最近の例で、採用業務におけるエントリーシート判定や面接の一部をAIにより自動化させる例などは、業務効率化の面もありますが、人によってばらつきやすい基準を統一化するという意味ではこの次元に該当します。
( 3 ) パフォーマンスの改善:自動化することによって業務が効率化できたり、本来注力すべきことに時間を使えるようになることで品質が向上したりすることを指します。グラフ作成やデータ処理をマクロによって自動化する例などが該当し、昨今の業務効率化を目的としたRPAは多くがこのパフォーマンスの改善を目的としたものです。
( 4 ) 新しい価値の創出:上記に該当しないような、大きな付加価値の創出を指します。大規模な自動化で工程を丸ごと自動化し、より付加価値を高めることにリソースを移したり、ビッグデータ分析やデータマッチングなど、自動化ツールを使って新たな価値やサービスを創出したりするケースが該当します。
実際には、これらのインパクトを数値化して把握します。例えばパフォーマンスの改善が目的であれば、自動化による年間のコスト削減金額を特定した上で、導入にかかるコストと比較して検討します。
自動化するタスクを特定し、狙いとする価値が定まったら自動化のタイプを決定します。自動化のタイプには、大きく3つの種類があります。
( 1 ) RPA (Robotics Process Automation):あらかじめ決まったタスクをプログラムすることなどによって、業務プロセスの一部または全体を自動化するものです。毎月決まったデータからグラフを作成するなど、自己完結型で同じ作業を繰り返すタイプのタスクに最適です。
( 2 ) AIによる認知タスクの自動化:AIを活用することで、従来人間が担っていた認知を伴うタスクを代替することができます。AIが画像をタイプ分類する画像認識や、テキスト内容を自動で読み取って判別するテキストマイニングなどが広まっており、従来人が見て判断しなければならなかった非ルーティンのタスクも自動化が可能になっています。
( 3 ) ソーシャルロボティクス:AIを搭載したロボットによる自動化を指します。有名な例では、Amazonの商品管理システム「Amazon Robotics」があります。これによってAmazonは倉庫のピッキング作業を自動化し、大幅に業務を効率化することに成功しています。RPAやAIは主に事務仕事の自動化に向いていますが、ソーシャルロボティクスは物理的な仕事が対象で、非ルーティンのタスクにも対応することができます。
ジョブオートメーションについて人事部門がまずもって考えなければならないのは、人事業務も自動化の対象ということです。HR Techという言葉も浸透しつつある中で、「そんなことは当たり前」と思う方も多いかもしれません。最近ではサッポロホールディングスが業務自動化によって給与計算業務にかかっていた時間を9割弱削減したという例や、ソフトバンクのように採用面接の一部をAIで自動化するというケースも出てきています。これまで「人がやらなければ不都合が生じる」と考えられていた多くの人事業務でも、自動化が広がっています。今現在、社内でベテラン従業員がいないと回らないと思われている業務も、見直しが必要となるでしょう。
一方で人事部門がますます注力すべきことが変革のマネジメントです。ジョブオートメーションによる変革は、時に従業員に大きな影響を及ぼします。今までやっていた仕事のプロセスが変わって新しいことを覚えなればならなかったり、担当していた仕事自体なくなってしまったりするケースも出てくるでしょう。このような時、従業員の納得・協力を得ていなければ(特に日本においては労働組合の協力を得ていなければ)、本当の意味での変革は実現できません。変化への抵抗や逆戻り、エンゲージメントの低下等のリスクが常にあるからです。そのため、変革が従業員に及ぼす影響を見極め、フォローし、従業員を上手く巻き込んでいく変革マネジメントが必要になります。従業員のことをよく理解している人事部門こそが、この役割を担っていかなければなりません。人事は日本では管理部門のイメージが根強いですが、アメリカでは、ミシガン大学のデイブ・ウルリッチが今から20年以上も前に人事の役割を①戦略パートナー②変革エージェント③従業員のチャンピオン④管理のエキスパートとして整理しており、変革の担い手として認知されています。
変革マネジメントにおいて、筆者が様々なクライアント企業と仕事をさせて頂く中でキーポイントと感じるのが、変革に至る前の「準備のマネジメント」です。準備のマネジメントとは“従業員が変革に対して準備ができている状態をつくる“ことです。変革において、従業員の納得を得られるのかは、どの会社も気にする問題です。そこで多くの会社では、例えば人事制度改革を実施する場合、どんな仕組みや制度であれば従業員に受け入れられるか、という変革の内容にフォーカスを置きがちなように思います。しかしながら、どれほど緻密に作り上げた制度でも、従業員の側がそもそもの変革の必要性を理解していなければ、従業員はそれを自分事としてとらえて納得することはできません。“自由と責任の文化”を掲げ、従業員の自律性を重んじるNETFLIXの元人事責任者であるパティ・マッコードは、従業員が会社の問題を自分事としてとらえるために、事業のしくみや会社が置かれている状況を理解することの重要性を指摘しています。つまり、従業員が会社の置かれている状況を理解し、当事者として変革の必要性を感じているという状態にあることが、変革に対して準備ができているということです。変革が従業員に受け入れられるにためには、新しい制度そのものを考えると共に、この準備のマネジメントを考えることが重要です。
新型コロナウイルスの影響により、企業が様々な変革に直面する中、いかに従業員のエンゲージメントを高めつつ、あるいはキープしつつ変革をマネジメントするかというのは大きなテーマです。そこで必要になるのは、どのようにして従業員の“行動変化”を起こすかという視点です。先述のように、変革を進めていくには、従業員が会社の置かれている状況を理解していることが重要です。そのためには会社からの情報提供も必要ですが、それだけでは不十分であり、従業員側が世の中の動きや会社の事業のしくみ、戦略といったものを理解しようと自発的に行動することが不可欠です。いかに従業員の意欲を引き出し、時には危機感に訴え、行動変化を促していくかということを考えると、従来の研修や会社からのメッセージとは違うアプローチの可能性が見えてきます。こうしたことを考え、形にしていくことが、いま人事部門に求められる価値となっています。多くのタスクが自動化可能である時代で、人事スタッフに求められることは「管理のプロ」や「給与計算のプロ」であることではありません。従業員を理解し、気付きや機会を提供することでヒトを活かす「ヒトのプロ」であることです。人事部門は従来の業務から力点を移し、人間にしかできない変革マネジメントを考えることが求められます。