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特集、論稿、出版物 | 企業リスク&リスクマネジメント ニュースレター

自動車部品サプライヤーに関する製品回収リコールリスクと対応

電気自動車(EV)普及への対応

執筆者 三木 健一郎 | 2020年8月31日

自動車業界では、世界的な環境規制強化の流れ、各国政府によるガソリン・ディーゼル車の廃止政策などにより、電気自動車(EV)へと移行されつつあります。EVは部品点数がガソリン・ディーゼル車に比べて比較的少ないこと、また部品のモジュール化の進展により、今後普及が進むことと思われます。
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変わりつつある自動車業界とその環境

  • 標準化された車両プラットフォームおよび部品モジュール化
  • 部品のモジュール化により、より少ないサプライヤーから多くの調達を行い、結果として、特定のコンポーネントまたは原材料の少数のサプライヤーへの集中が見られます。つまりサプライチェーンがスリム化し、よりグローバル化される中、多くのメーカーがより少ないサプライヤーから部品、原料、または原材料を調達しています。

  • 「CASE」の進展
  • 一方で、自動車産業のトレンドである「CASE」、つまり、Connected(コネクテッド化)、Autonomous(自動運転化)、Shared(共有化)、Electrification(電動化)の進展に伴い、電機業界を始めとして、IT、データサイエンス(含むスタートアップ)など、異業種また多様な規模による参入も増える中、幅の広いサプライチェーンが構築されつつあります。それに連れて、リコール対象が複雑化し、リコール対策費用(原因究明費用、代替品費用、部品交換費用など)や、その原因部位の把握に、多様なサプライヤーが関わることとなります。

  • 厳格化する各種法規制
  • 更に、近年では製品品質と安全性に関する消費者保護の高まりによって、各国法規制が厳格化しつつあり、アジアの国々でも厳しい製品安全法を施行しています。アジアにおける車両のリコール件数は近年増加傾向にあり、特に中国では、中国国家市場規制管理局(SAMR)により本年1月、消費者向け製品に対する、製造メーカーと販売者のリコール回収義務に関する新ルールが発効し、インドでは新Motor Vehicles (Amendment) Act 2019法案が出され、製造メーカーに対し欠陥車両の交換または修理について責任を負うことを規定しています(リコールポリシーが別途策定されています)。

主なEVにおけるリコール事例

EVメーカーで発生したリコール事例は以下のとおりです。

表1:EVメーカーで発生したリコール事例
自動車メーカー リコール台数 年月 原 因
中国新興EVメーカーNIO(上海蔚来汽車)ES8 4,800台 2019年
6月
電池部分の部品の接触に不具合があり、絶縁体が摩耗してショートする恐れあり。
米EVメーカー テスラ(TESLA)モデルX 15,000台 2020年
2月
パワーステアリングギアモーターの取り付けボルトが腐食・破損し、ステアリングのパワーアシスト機能が低下あるいは完全に失われる可能性あり。
米EVメーカー テスラ(TESLA)モデルS 123,000台 2018年
3月
パワーステアリングのボルトに腐食が生じる場合があり、特に路面凍結防止剤がまかれた道路を走行するとその恐れあり。
三菱自動車 i-MiEV、MINICAB-MiEV、OEMEV-エブリイ 15,675台 2014年
8月
ブレーキ倍力装置に負圧を供給するブレーキ負圧電動ポンプの3つの不具合が原因。
三菱自動車 アウトランダーPHEV 3,839台 2013年
3月
リチウムイオン電池の電池セルおよび駆動用バッテリーパックの一部が溶損。
独アウディe-Tron 1,644台 2019年
6月
バッテリー・コンパートメントのシール性能が不完全であるとして、そこに湿気が侵入し、最悪の場合は短絡やサーマルイベントによって火災の原因を生み出す恐れあり。

変わりつつあるリスクと対応する保険

前述の業界動向、環境により、リコールリスクという観点では、1回のリコールによる経済的損失の大型化が懸念されます。最近の調査では、大規模なリコールキャンペーンには通常1,000,000台を超える車両が含まれることが示されています。100,000台を超える車両リコール統計(2018/2019)では、一貫して85%以上の企業、または大規模リコールの頻度が少なくなっている反面、発生時の金銭的および経営上の負担は大きくなりつつあります。

リコールリスクは元々は損害額が巨大、発生頻度は低いといったCatastrophic loss(巨大損害)リスクと認識されていましたが、リスクの更なる大型化、多様な業態からの参加による複雑化、また厳格化されつつある法規制により高まっています。

一方、北米やヨーロッパと比較して、アジアでは依然として製品リコール保険マーケットは比較的小さいものの、グローバルに製品を販売する国際企業について考えれば、そのリスクエクスポージャーはかなり大きくなります。

一般的に、PL保険(生産物賠償責任保険)によってリコール費用も十分に補償されていると考えられることがあります。ただし、PL保険は第3者への人身傷害または財産損害のみを対象とするため、リコールおよび交換費用は補償されません。もちろんPL保険の支払限度額が十分であるか、という点もありますが、政府によるリコール費用も検討される必要があります。

日系企業では、リコール保険(製品回収費用保険)と同じリスクトリガーとなっているPL保険を、日本発のグローバル保険プログラムとしてグループ会社各社へ展開しているケースが多く、その拡張特約としてリコール費用を少額の支払限度額(サブリミット)で付加されています。

一般的に、グローバル賠償責任保険プログラムの契約構成(ストラクチャー)として、コントロールドマスタープログラムとして、アンブレラ・エクセスポリシー+現地ポリシーを組み合わせますが、付保規制に関する認識の誤りから、例えばタイなど、主要な自動車マーケットにおいても現地ポリシーを発行していない状況も散見されます。

また、実際のリコールリスク、特に国外での限度額としては十分でないことから、リコール保険のみを現地で単独(スタンドアローン方式)で調達されるケースが見られます。それぞれの相違点は以下のとおりです。

一般的には、日本で調達される保険カバーと比べて、自発的リコールやメディアへの告知条件など、広範な補償内容の調達が海外では可能となっています。

EV業界向けリコール保険

EV業界に対するリコール保険の課題は、主にバッテリーとBosシステムに対する補償にあります。リチウムイオン電池が利用されることになりますが、スマートホンやPCなどで搭載される中、リチウムイオン電池が破損することにより発火するケースが散見されています。

また多国籍多業種のメーカー、サプライヤーと構成するEVマーケット参入に当たって、よりリスク実態に合った保険カバーの調達や競争力ある保険条件の確保のために、部品メーカーのリスク実態を把握すべく、製造物賠償責任リスク、リコールリスク、更に機能不全(効能不発揮)、不良完成品・純粋経済損失リスクなどを包括的にカバーするテーラーメード型保険プログラムの導入が有効となります。

ウイリス・タワーズワトソンでは、世界のEVマーケットにおけるリコール保険マーケットシェア第1位の実績を持っており、最近ではテクノロジーを持つEVバッテリー製品を補償する大型リコール保険プログラムを複数構築しています。EVに関する完成車メーカーおよび自動車部品サプライヤー向けプログラムを用意しています。

EV保険業界のリコール保険プログラムの例

自動車メーカーとサプライヤー向けのスタンドアロン製品リコール保険:

  1. メーカー向けテーラーメイドプログラム
  2. 補償対象:

    • 当時者(ファーストパーティ)のリコール
    • 第3者によるリコール
    • 政府によるリコール

    リスクトリガー:

    製品の安全性
    自主回収を補償対象。
    再製造費用を補償。
    リコール製品自体まで拡張カバー可能。
    WTWと保険会社の両方からのクライシスマネジメントサービス・サポートを提供。

    スタンドアローンの製品リコール保険アレンジには一般的に多くのキャパシティが必要であり、シンガポールおよびロンドンの国際保険マーケットを活用します。

  3. 自動車部品メーカー向けプログラム
  4. 特徴:

    • 5つのセクションを用意し、セクションごとに購入可能。
    • 純粋金銭的損失カバーおよび製品ギャランティはリコールセクションとの組み合わせでのみ購入可能。
    • 国際保険会社とのスキームを構築し、潤沢なキャパシティの提供が可能。

    自動車メーカー向けのサプライヤーのプログラムにも適しています。

契約時のリコールリスクの把握についてはウイリス・タワーズワトソン リスクアナリシス部門が分析評価サービスを行い、またクレーム発生時にはリコール保険に特約付帯することで、(一定限度額が設定されますが)ウイリス・タワーズワトソン社内フォレンジックアカウンタント(法廷会計士)を起用することが可能です。リコールクレームは利益保険の請求同様に、多数の車両クレームデータを纏め、分析し、掛かるあらゆる費用を追跡する必要があり、一般的に複雑なクレームとなります。

検討に際する注意点

EV業界に進出された部品メーカーでは、リスク強度および頻度も高まるリコールリスク対策は重要であり、特に、日本国外で発生するリスクに対する備えは慎重に検討すべきと考えます。リコール保険の手配につきましては、PL保険と同様に、各国付保規制や現地裁判管轄権、また保険約款の言語の観点から、日本国内からの手配では限界があり、現地での国外付保が必要となります。

保険購入時にはリコールプランなど、導入済みの対策があることが、より競争力ある保険調達の前提となります。もし、現在リコールプランがない場合、私たちはその構築をサポートします。また、事故発生時には、現地での危機管理(クライシスマネジメント)対応が重要となり、この分野に精通した保険会社、弁護士など、関係各社とのアレンジが必要となります。

その対応として、製品マーケットからの撤退や製品破棄の手配から、政府当局と連携しつつブランドレピュテーションを守り、クライシスマネジメントを進めることにあります。製品リコールクレームには高度な専門性が必要となります。潜在的なインシデント発生時の迅速な対応は、リコールリスクの封じ込めと巨大損害へ波及への分かれ目となります。

これらの検討項目を、日本からでなく、世界の現地各地で提供できるパートナーを選定されることが重要と考えます。

執筆者プロフィール


ジャパン・グローバルプラクティスグループ(JGPG)アジアパシフィック代表、リージョナルディレクター

2014年2月、WTWシンガポールオフィスにてJGPGアジアを設立、APACにおけるリージョンリーダーとして同組織を運営。現在、約450社に上る日系ビジネスを統括。保険会社における引受部門、多国籍企業における保険マネージャー、国際保険ブローカーとして23年の経験、また14年に上る欧州・シンガポールでの勤務経験を持つ。


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