組織にとって、市場適応、軌道修正、成長、事業縮小などの変化は、エンプロイー・エクスペリエンス(従業員体験 - 通称 EX)に大きな影響を与える。企業の変化に伴い、従業員も新しい方法での思考、協働、行動が求められ、従業員自身の仕事やキャリアに対する考えにも大きな変化をもたらしている。
組織変革、特に危機的状況において、こうした変化に柔軟に対応できる企業の特徴は、従業員への配慮を欠かさず、同時に変革活動に巻き込み、支援していることだ。そうすることで、従業員の成長を促し、顧客の満足度を高め、卓越したパフォーマンスが達成される、という好循環が構築される。
弊社の研究では、従業員は仕事から2つの基本的な経験を求めていることが明らかになっている。
これらは、Purpose(強い目的意識)、Work(勢いのある組織での仕事とその認知)、Reward(貢献のリターンとして得られる個人の成長と報酬)、People(優れた人材やリーダーとのつながり)というエンプロイー・エクスペリエンスの4つの柱に通じる。その際にリーダーは、従業員のエンプロイー・エクスペリエンス形成、およびポジティブな経験を積む土俵としての組織風土の醸成という、明確な役割を持っている。変革のタイミングにおいて、この役割は、さらに重要となる。
この4つの柱を、高業績企業と一般的な企業のエンゲージメントを差別化する要因と組み合わせ、違いの度合いに応じて3つのレベルを設定したフレームワークを、弊社ではHPEX(High Performance Employee Experience)モデルと呼んでいる。
HPEXモデルを知ることが、組織の変革にどのように役立つのかを見てみよう。
弊社では、クライアントのチェンジマネジメントに関わる効果的なサポートを提供するべく、HPEXモデルとチェンジマネジメントの関連性について、HPEXのフレームワークを用いて検証を実施した。 具体的には、効果的に組織変革を遂げた企業(チェンジ・マスター)とそうでない企業とについて、12個のHPEXの項目において比較を行った。
そして、「協働(Collaboration)」、「能力(Capability)」、「公正な報酬(Fair Pay)」においても大きな差が見られる。
※オレンジ色のボックス:好意的回答割合の差 (チェンジ・マスター vs. その他の企業)
その結果、大きな変革を成功裏に遂げようとしている企業は、非常に高いエンプロイー・エクスペリエンスを維持していることが明らかになった。図1にあるオレンジ色のボックス内の数字は、チェンジ・マスターとその他の企業の間での従業員の意識差(好意的回答の割合の差)を示している。チェンジ・マスターは、その他の企業と比べ、卓越項目(鼓舞、変革への推進、成長、信頼)において圧倒的なスコア差をつけており、その差は20pts以上にもなる。そして、「協働(Collaboration)」、「能力(Capability)」、「公正な報酬(Fair Pay)」においても大きな差が見られる。
このように、組織変革において優れているチェンジマスターは、通常は難しいと思われる卓越領域などにおいても、高いHPEXの提供ができていることがわかる。チェンジ・マスターに分類される企業は、従業員を鼓舞するビジョンを提供し、コラボレーションを奨励し、それらに貢献した従業員に適切な報酬を与え、変革がもたらす新たな機会を利用して従業員の個人的な目標を後押ししている。その背景に、市場の動向を先取りできる機敏な判断と行動があることは言うまでもない。
今世界が直面している状況や課題を“未曽有の変化”や“前例がない”という言葉で、片付けてしまいたくなる衝動にかられる向きもあろう。しかし、“前例がない”からこそ、変革が必要とされる。そして、図2に示すように、エンプロイー・エクスペリエンスへの影響を重視せずに変革を進めることは、従業員および組織の生産性、エンゲージメント、および利益に大きなリスクをもたらす。
最も大きな変革は、マインドセットの変化によってもたらされる。つまり、目的に沿って組織を鼓舞し、機敏にイノベーションを推進して市場をリードし、従業員が潜在能力を発揮できるよう支援し、リーダーシップとの信頼関係を構築することだ。これらの実践は決して容易なことではなく、すべてできている企業はほぼ存在しない。しかしながら今日においても、これが組織の持続的な成長への扉を開ける“魔法のカギ”であることに変わりはない。
コロナ禍でテレワーク、在宅勤務が急速に浸透し、副業で安心感を高めたいというニーズが顕在化してきた。副業をスキルアップやキャリアアップの手段として、積極的に取り組む人が急速に増えている。これまでも多様な働き方は唱えられてはいたものの、コロナは企業にとっては否応なく、そして社員個々人には多様な働き方を選べる時代に一気に突入した。企業が優秀な人材を確保するには、従業員にどのようなエンプロイー・エクスペリエンスを提供できるのかが問われ始めている。
エンプロイー・エクスペリエンスの重要性はわかったが、どこから、どのように取り組めばいいかわからないと感じる企業や人事担当者が多いことも事実である。従業員が、現在どのような状態にあるのか、会社、仕事に対してどう感じているのかを、まずはエンゲージメント調査でファクトベースで把握することが第一歩となる。多くの企業において、在宅勤務の環境下、同僚とのコミュニケーション不足といったチーム単位の課題に加え、ペーパーレス対応が不十分、電子決済などの対応が不十分(ハンコ文化)による業務の非効率や出社による健康不安、PC・ネットワーク環境整備の必要性といった組織の業務インフラに関わる課題が浮き彫りになっている例も多い。こうした課題に真摯に向き合い、一つでも目に見える変化を起こしていくことが、エンプロイー・エクスペリエンスにつなっていくことを申し添えたい。