10年分の変化を先取りすることが求められた2020年。技術も人の心も働き方も十分に追いつかないまま、急場の拵えながらも現在進行系で何とか凌いできました。一時的な現象かと思われた当初の予想は裏切られ、構造的な変化であることが明らかになってきています。世の中が構造的に変化するならば、人事側も構造的な対応が求められます。
人事のニューノーマルのあり方を考えるのが、あらゆる会社の人事にとって2021年の宿題となります。急場凌ぎの継続は、これまで蓄積してきた信頼や専門性の上に成り立つものであり、信頼と専門性を継続的に積み上げられる状況をつくりあげられない限り、金属疲労のように早番限界を迎えるでしょう。
そのような中、AmazonやGoogleは物理的に集まることの価値を認め将来の布石としてオフィススペースの拡充を進めていますし、Twitter、日立や富士通はテレワークを基本軸に据えた新しい働き方を恒久化しようとしています。確かにテレワークは、個人がスタンドアローンで行う作業は、割り込みや雑用が減って集中できるため効率が上がるかもしれません。一方で、管理、企画、探索的試行や横断的業務はコミュニケーションに依存するため、やり方を大きく変えないと、効果の向上が難しいと感じられます。2020年春以降の各社における壮大な社会実験の先は、恐らく一方的な優勝劣敗の決着ではなく、それぞれの業界や会社、あるいは部署単位やチーム単位で新しいバランス、自分たちにとっての新しい標準を見出すことになるでしょう。
ニューノーマルの最大のチャレンジはコミュニケーションの物理的距離です。ここから発生する課題は「ヒト⇔ジョブ⇔ヒト」の関係の再構築に集約されます。この三角関係を作り直すための来年の人事の試みとして2つの提言を行いたいと思います。一つが、「ヒト対ヒト」の「ジョブ」のコミュニケーションの課題で、もう一つが「ヒト対ジョブ」の「ジョブ」そのものの課題です。
今リモートワーク拡大をきっかけとして「ジョブ型雇用」に注目が集まっています。ただ、人事の流行りものは常に注意が必要です。最近で言うとHR Tech、No Rating、OKR等。進取の精神は拙速と紙一重で、毒にも薬にもなるという自戒は常に持ちたいものです。すわジョブ型だと職務記述書(JD)を整備して、ジョブグレードを導入するのも良いのですが、自社ならではの知恵も持ち合わせることも忘れないようにすべきです。
特に考えていただきたいのは「ジョブ」の捉え方です。ヒトとヒトとの物理的なコミュニケーションの距離がある新たな文脈の中で、何にフォーカスを置いて「ジョブ」を捉えるべきかの再考が必要です。
ジョブは基本的に、その遂行に必要なインプット(スキルやリソース)、遂行するプロセス(タスクや変換処理)、生み出すべきアウトプット(アカウンタビリティやKPI)、の3つで定義されます。そもそも仕事の存在意義はアウトプットであり、期待するアウトプットを定めることがまず重要です。ゆえにジョブの設計は、アウトプットを起点として、それを生み出すためにどのようなプロセスを回すのか、そして、そのプロセス実行にはどのようなインプットが必要かという、エンジニアリング的な思考法で組み立てられます。
では「アウトプット」に重点を置いてジョブを整備すると、テレワークがより効果的・効率的になるのでしょうか。リモートは仕事ぶりがみえないからこそ、アウトプットを定義することが重要という考え方があります。例えば「重点顧客のマーケティング投資対効果を最大化する」と明確に言葉にすると、本人は何が評価されるかが明確になり、テレワークにおける「評価がしにくい」という課題が解決できます。しかしながら、テレワークの文脈では、これだけでは不十分ではないでしょうか。
というのも、テレワークにはもう一つの側面があるからです。見落とすべきでないのは、リモートでのコミュニケーションにおける距離感とタイムラグです。これらにより部下と並走する仕事の進め方が難しくなり、仕事を渡す時に、手戻りを防ぐよう「仕事の進め方や記入のためのワークシートまでつくって具体的に指示をする」ことが求めらてきれます。つまり、リモートを前提としたジョブでは、アウトプットと同等にプロセスを具体化していくことも今まで以上に重要になってきます。
大まかな依頼だけで進行を任せるマネジメントは、残念ながら「定型業務」と「自律したマネージャー、プロフェッショナルが担う非定型業務」という両極だけにしか適用できません。いわゆる総合職的な仕事の大部分は非定形業務で、専門性や自律度が足りない場合は上司が仕事の「プロセス」をガイドしながら、まさにホームワークを出すことが求められます。マネジメントの重要な側面に、自分の中に答えやアドバイスを持っている上司が、それを持っていない部下に教え、それを見つけられるよう導くことがあります。この作業を通じて、自ら考えさせ、成功体験を積ませ、部下の信頼と専門性を継続的に積み上げることが組織の持続、発展には必要です。そして、この積み重ねが途絶えれば、リモートの先には緩やかに迎える断絶と共倒れしかありません。
マネージャーの永遠のジレンマは目先の仕事を最短経路で処理することと、部下育成のために丁寧なやり取りをすることの按配です。この両立を目指すのがハンズオンマネジメントやマネジメントバイウォーキングアラウンド(MBWA)ですが、残念ながらこれらはリモートとの相性が良くありません。この難しさをテクノロジーや新たなノウハウで穴埋めしていかないと、このジレンマはリモートで更に拡大することになりそうです。発想を逆転して、社内の信頼や専門性の蓄積に頼らない組織、単なる利益と機能だけで随時組み替える組織へと変身するという選択肢もありますが、レガシーのある組織では部分的にしか導入できないのが現実でしょう。
更には、ジョブにおける「インプット」にさえも懸念はあります。自ら積極的に動きを仕掛けられない限り、リモートでは小さな世界で過ごす日々に陥りやすくなります。受け身のままでは成長機会も限られるようになるし、他のヒトの仕事から学ぶ機会も減るかもしれません。リモートでの1on1を増やしたとしても、上司以外のヒトからは自分の思考や振る舞いは見えようがなく、ジョブの幅を広げるチャンスが与えられることも少なくなるかもしれません。これらのような逆境があるので、ヒトの成長と適材適所のため、ジョブにインプットするヒトの能力について、周囲は今まで以上に情熱をもって見つける、あるいは本人が発信することが求められてきます。
リモートワークだからジョブ型にすればうまくいくという短絡的な楽観は禁物で、むしろヒトの信頼と専門性の向上のため、ジョブを通じたヒトとヒトとの繋がりのあり方を、自社、自部門の仕事の進め方と人材の育ち具合に応じて見直し続けることが求められます。自社、自部門はジョブの効果・効率を上げるため「インプット」「プロセス」「アウトプット」のいずれにフォーカスしていくべきなのか、そしてどのようなインタラクションを創出していくべきなのか、この解を生み出していくのが「ヒト対ヒト」の「ジョブ」のコミュニケーションの課題です。
もう一つの課題がジョブの再構築です。日々様々な調査結果を目にしますが、本人回答の調査では、リモートワークによる効率・生産性への影響は必ずしも明るいものばかりではありません。それも影響してか、業績悪化に陥り人員削減や賞与を中心とした報酬削減に踏み込むことを決めた会社もあります。外部環境が変わった以上、今までのやり方の継続ではジリ貧で、悪影響を受けた会社は思い切った構造改革の施策に踏み込まざるを得ません。
この思い切った施策のうち、日本企業が苦手と思われるのがジョブの再構築です。事業が環境変化に追いつけない時、人件費に見合った収益を上げられない時に、米国企業と日本企業の対応方法に大きな差があるようです。ステレオタイプに彼我の差を対比すると、日本企業は役員や従業員の報酬、その他コストを削減してギリギリ事業が存続できるラインをまず見つけ出そうとし、更に必要な場合は「事業や仕事を維持」しながらヘッドカウントを減らそうとする傾向があります。一方で、米国企業は競争力の源泉がタレントという認識が強いので市場競争力のある報酬を維持することは所与の条件で、その人件費を正当化しながらROEのハードルを超えられないような「事業は撤退、あるいは仕事を抜本的に変える」傾向があります。雇用を重視した日本の低い報酬と生産性、思い切った組み換えを続けた米国の高い報酬と生産性、この30年差が開き続けた根本にはこの判断軸の違いが大きく横たわっています。
これに関連しますが、日本の多くの企業で今「働き方改革」が進められています。これは「ヒト⇔ジョブ」の「関係性」を変えることで労働力を安定供給できるようにすることにフォーカスを置いています。残念ながら日本は既に低潜在成長率国であり、労働力の追加投入だけでは力不足で、ジョブの「関係性」だけではなくジョブの「中身自体の改革」をしなければ本当の生産性と人間性の両立は成し得ません。
これに対する一つの解がフューチャー・オブ・ワーク(Future of Work)あるいはジョブオートメーション(Job Automation)と呼ばれる取り組みです。これについては、ウイリス・タワーズワトソンの考え方と、ジョブの再構築のあり方とコスト削減額を予測・提案する当社ソリューションである”WorkVue”に詳しい説明がありますのでご確認ください。このWorkVueは膨大な世界のジョブデータを基にした機械学習を用いて自社のジョブを分解・再構築する方法を予測・提案するクラウド上のシステムであり、この度米国の”HR Executive Top HR Products Award in 2020”も受賞した、HRの世界で注目を集めているプロダクトです。
話を戻すと、賞与や月例給の削減、あるいは人員削減さえも生産性追求の観点からは対症療法でしかないということが本論のポイントとなります。労働生産性の回復・向上には、むしろ報酬に見合った付加価値のある事業・ジョブへ再構築する構造改革も含めた検討が求められます。「人事領域」という枠組みを狭く定義することで、見て見ぬ振りをするのではなく、ジョブを機軸にしたヒトの働き方の改革を生み出すために、経営や事業を支援していくことも「ヒト対ジョブ」の「ジョブ」の人事課題として、まずは試算に基づく課題認識と提案を事業に向けて発信していくべきではないでしょうか。
蛇足ながらもう一つだけ付け加えさせていただきます。メンバーシップ型からジョブ型に変わると、ジョブがなくなれば雇用もなくなる、といった脅しに近い言説がありますが、実際の労働法制ではそんなに簡単に事は進められません。その一方で、環境変化やテクノロジーの導入はこれから更にスピードを上げて、多くのヒトのジョブに押し寄せてきます。変えないことに価値がある伝統工芸のような仕事でも無い限り、いずれのジョブも遅かれ早かれ再構築のタイミングがやって来ます。
そのような中、人事の世界でUpskillingあるいはReskillingという言葉が強調されることが多くなってきました。これらは新たな時代の要請で発生したスキルギャップを埋めるために求められる追加の教育のことを指します。「現状のヒト」と「新たなジョブ」との間に生じるスキルギャップの埋め合わせ方。これを「学び続けざるもの働くべからず」とでも言うような危機感をもって、取り組むべき人事課題に加えていただければと思います。