今号では人事評価の在り方、特に、人事評価を一方的に上位者が下位者に行うのではなく、同僚や下位者もまた同僚や上位者を評価するというものである、360度評価と、それを企業はどの階層まで実施すべきかを軸にご紹介します。
企業における人材評価とは、対象となる従業員の、ひとえに上司による一方的な観察と評価、そして少しばかりの風聞が、従業員を評価する材料の大半を占めていました。
しかし昨今、この評価制度のみで運営された企業は、外部、すなわち株主、国、世界という社会からの要請、ビジネスにおける時代そのものの発展に追随し、応えることが難しくなってきています。この大きな流れの中で、突如として現れたコロナ禍により不可避的な人材評価制度のアップデートの必要性に、企業は迫られています。
そのような日本におけるビジネスと社会の変革潮流に加え、さらに近年従業員の人権意識や自意識の高まりが見られるなかで、世界的に意識の進化を端に発するムーブメントが起こったことでいよいよその機運が強まり、今後さらに360度評価導入への期待と圧力が高まることが容易に想像されます。
マーケティングの観点からも360度評価の今後の拡大が想定されます。株式会社労務行政の調査(※1)において、2016年における360度評価導入実績率は22.6%であり、2020年現在その導入率は30%を超えるとされます。また今後も実施継続したいとしている企業はそのおよそ半数の15%超であるとされております。
完全に導入にマインドを置いている15%超というのはイノベーター理論におけるキャズムの発生確率帯に近い状態で、ここまでは目新しいものにいち早く価値観の合致を感じ、導入するアーリーアダプターの出現比率と同じです。
理論に示唆されるところにおいては、この先、360度評価が安定的に日本社会で運用されると想定されるなか、現在はまだ、他社も導入していると見聞きした企業が参入する段階であり、現時点での導入実績である30%超はまだアーリーマジョリティの半数程度までの水準です。今後の拡大がマーケティング理論のうえでは確実に見込まれるなかで、まだ十分に先行者利益が狙える人材評価制度、それが360度評価なのです。その想定される効果やメリットをこの後の項でいくつかご紹介していきます。
この潮流と社会の要求にいち早く応えられた企業が、投資家や外部からの信頼を勝ち取り、優秀な人材を集め、今後の生存と発展のスタート地点に立つことができるのです。
ここからは、①歴史に見る人間の意識の確立、②現在の360度評価がシステムとして必要となる外部要因に分けて、今後なぜ360評価が社会的要求や実際の効果のうえで必要になるのかをご説明していきます。
少し目線を変えて、歴史の上での人間の自意識の確立と職業(的性格の活動)における評価の遷移を見ていきましょう。
上司による一方通行的な評価と、トップダウン構造による明確なピラミッド階層という風土は、現代先進諸外国においても存在していました。
古来より封建制や王政が敷かれ、絶対権力の下で、また近代に入っては資本主義による経営者の下で、自身の存在への意味を見出し、力を合わせて権利闘争を行い、人々は権力者との間で権利の綱引きを行い、その存在を確立してきたと同時に、人々は彼ら、あるいは彼らに付き従う者の指示に従って軍事活動や生産活動に従事していたのです。
有名な事例として、イギリスでは13世紀の早くに成立したマグナカルタが未だに憲法として存続をしていることからもその軌跡が見てとれます。王を存続させつつも、その権限を制限し、下からの監督監視を加え、自身の権利を拡大したのです。大きく時代は下りますが、フランス革命も同じような性格を持ちます。人々はそのような歴史を経た一方で、数多の為政者による戦争や、産業革命下での賃金労働に従事もしていたのです。
このように、個人の存在を確立する歴史を経てきた国々でも、上位者に従った活動を行っており、学術的に評価制度や雇用制度に対する研究が行われ、また、企業にイノベーションが求められ、人々のさらなる意識の変革が発生する近年に至るまで、前述のような上司による一方向的な評価を行っていたのです。
そして、生産性やヒューマニズムの高揚、ビジネスや外部の要求に応じて、歴史的な人権運動と同等の動きが先進諸外国の企業の中でも次々とみられるようになり、職場環境改善、ジョブ型雇用、従業員体験の伸長に加え、360度評価の導入が進んだのです。
古来よりの朱子学的な階級制度や近代西洋化および国家運営からなる日本特有の文化と沿うように、日本では連綿と終身雇用と上位者による一方通行的な評価が行われてきました。
しかし現代、情報の対称性が進み、今まではクローズドな社会であった日本にも、従来のカルチャーや慣習にとらわれない世代が出現し、先進諸国や歴史に見るような人間意識の転換点についに到達したと言われております。
今後その意識が世界的な潮流と企業活動にも伝播し、企業の中での人間意識の転換が興ると考えられております。その中で360度評価の必要性・重要性が高まっていくことは、これもまた歴史や諸外国の動きを見れば、自ずと導かれることなのです。
この後の項では、このような世の中の流れに掉さすトピックと、360度評価の必要性への理由をご紹介していきます。
現在の大きなトピックであるこのコロナ禍において、いかに360度評価が必要とされているかは考えるべき内容です。
誰しもがオフィスにいることが当たり前で、部下や上司が目の届く近い場所にいた間は、上位者、下位者のあいだに直接的なコミュニケーションが生じやすく、上位者からの一方向的な評価にも一定程度の納得感や正確性も認められていました。
しかし在宅勤務の増加から、その直接的なつながりが大きく減り、上位者1,2名での下位者の評価には物理的な不可能性が生じ始めています。
技術的なアビリティや物理的な機会減少によるその齟齬を緩和するため、またより客観的かつ多面的な評価をするためのツールとして、そしてそのような状況下での少人数からの一方的な評価にも納得性を持たせるため、360度評価の必要性が急務として叫ばれるようになったのです。
下からの見え方という観点で役員の評価、部長層の評価にも必要であると語られることの多い360度評価ですが、課長職や中堅・若年層は上の階層よりも人数が多く、一人ひとりにきめ細やかな目が行き届きにくいなか、上述の理由から、すべての階層での評価において、さらに重要度が高まっております。
また、昨今ではESG投資が重要視されております。
はじめに2021年の改正が見込まれるコーポレートガバナンスコードと本年7月に閣議決定された「成長戦略フォローアップ」(※2)についての概略を確認しましょう。これは直近10月23日に開催された令和2年第15回経済財政諮問会議でも言及されており、国を挙げての経済界への要請となっております。(※3)
東京証券取引所にて市場区分を見直し、明確なコンセプトのもとで3区分に一新する構想が示されました。(※4)
取引所と国の狙いは、明確なコンセプトによってわかりやすく上場企業の持続的な成長と価値向上を促すことおよび国内外投資家の支持と投資の獲得を目指すことである。そのために時価総額と流動比率、コーポレートガバナンス基準において定量的、あるいは明示的な基準が各区分に設定されています。
数値部分においても基準はありますが、この項ではコーポレートガバナンスコードについてフォーカスしていきます。
今市場区分見直し及び2021年のコーポレートガバナンスコード見直し以降では、現在の市場第一部上場会社が主となると見込まれるプライム市場では、コーポレートガバナンスコードの全原則の実施が見込まれ、さらに一段高い水準のガバナンス体制の整備が求められます。
スタンダード市場ではコーポレートガバナンスコードの全原則の適用が見込まれ、グロース市場ではコーポレートガバナンスコードの基本原則の適用が求められる。対応範囲は市場区分によって多寡がありますが、上場企業が市場選択を迫られる2021年12月までに、新たなコーポレートガバナンスコードへの企業としての解釈を添えて、それに対応する必要生じます。
さらに本年7月に閣議決定された「成長戦略フォローアップ」のなかでもこのトピックに関する話題に触れられています。
「企業が適切なガバナンスの下、持続的・中長期的な成長を実現」することが企業には求められます。そのために「事業ポートフォリオ戦略の実施など資本コストを踏まえた経営の更なる推進などの論点を検討し」たうえでコーポレートガバナンスコードの改訂にあたることとしています。
さらにはコーポレートガバナンスコード改訂の論点として、監査機能の信頼性強化、加えて社外取締役の質や任務の高度化向上、上場子会社に対する扱い適性化を含むグループガバナンスの強化、中長期での持続可能な成長においてサステナビリティ(SDGs)へのコミット、などがあがっています。
こうした新たな要求を敏感に受け取り、その目指すべきところを自社で考えたうえで自社にも投影することで、独自の目標を標榜し、またそれに沿った活動が行えているか、そしてそれを組織として経営のみならず現場レベルでまで遵守させていくことができるのか、その能力やマインド、周囲の信頼を有する経営者や取締役、役員の任命判断が必要となるこの先の組織戦略において、上位者が下位者を一方的に使役や評価するのではなく、良質な従業員がエンゲージメントを高めながら、それを意識して働けるのかという、従業員が主役となる状況下では、従業員の信頼を得られ、同時に魅力的な将来像を示すことのできる役員の登用が必須であり、その審判のためにはそのような従業員の目も入るよう360度評価の導入は不可避となっております。
さらにその評価と対外的な説明性を担保するうえで、第三者機関を入れた360度評価、特に経営層に対する実施に求められる役割は拡大しています。現に、数多くのコーポレートガバナンス報告書において、取締役会の実効性が報告され、経営層に対する360度評価の実施実績も多くの企業にて紹介されております。
このトレンドも、取引所や国の要請のみならず、外部環境すべての要求に基づいて今後ますます拡大していくことが見込まれています。
こちらも昨今大きなムーブメントとして世に現れている現象です。人種、性別や性的嗜好、宗教、国籍など、さまざまな要素をこえて、平等で持続可能な社会を目指す活動が活発化しており、企業活動においてもこの潮流は無視できません。
諸外国では、Black Lives Matter運動や香港の中国介入問題、LGBT運動などの性的少数者の権利、アラブの春までさかのぼり、この10年強の間に数々の大きい視点でのD&I運動が巻き起こりました。
ほぼ単一人種かつ島国である日本ではまだ馴染みも薄く、現在進行形の問題としてとらえることが難しいかもしれません。ただ、ハラスメントや男性育休などについては意識が変わってきている途上にあります。また、労働人口の減少や高齢者の増加に伴う外国人労働者の受入れ、ひいては今後の移民の是非という国家レベルの課題までが議論されるようになっており、D&I運動の潮流も確実に日本にも押し寄せてきています。
このような環境の変化のなかで、それを受け入れることのできる環境を整備するという意味において、一番重要である、受け手である多様な人たちがマネジメントや経営の在り方をどうとらえているかを見るしか、組織の本質的なD&Iの受容や進歩を測る術はないという性質により、弱者側である下位者が上位者を評価し、その評価を上位者側が誠実に用いること、またそのような環境への変化や時代の移り変わりに沿った上位者や経営層を据えるという二重の意味でも全従業員員階層による360度評価が必要とされているのです。
特に、今後360度評価がその効力を発揮すると考えられるのが民主主義的な企業内での人員選抜の必要性への対応です。D&IをはじめとするESGのSにあたる企業活動の部分、さらには変革や技術への適応ができる下位者が上位者を高く評価し、企業全体として、D&Iに適応し、かつ全従業員への育休の奨励やハラスメントのない環境などを整えた持続可能な就労環境を形成していくことを対外的に強く打ち出すことが求められる近年のIRの風のなかでは、投資家には魅力的な投資対象として映ることが指摘されています。
経営者、役員、部長、管理職と連なる直属の部下による360度評価だけでなく、これらのムーブメントに明るく、一番影響を受ける一般従業員による忌憚なき360度評価が階層を超えて実施したり、あるいはそのような従業員がその点において高く評価した上位者によるさらなる上位者への360度評価をより重視するなど、よりこのムーブメントを意識した組織管理が重要となります。
一般従業員における360度評価の必要性は他の階層、あるいは前述とは別の軸でも存在します。
ミレニアル世代の初期層が管理職につくような歳になり、そしてZ世代が入社するようになってきました。ともに社会の中でビジネスの成長を感じ取れなかった失われた時代のなかで、技術発展と共に過ごした世代、そして技術発展の結果であるデジタルワールドのなかで完全に育ち、そこから得られる膨大な情報から、自己と意識の確立が進み、自身の納得する自身への評価を求める傾向、そして仕事を基底としてプライベートや人生を考えるのではなく、並列して別のものとして考える傾向があります。
彼らはあふれるデータや情報の中から知らないことを即座に調べ、自身で信ぴょう性の高い情報を取捨選択したり、あるいは複数のソースやファクト、エビデンスを追求することで納得する世代でもあります。
一方向的で、単一な上位者からの評価だけでは納得することができず、また、上位者自体も彼らの特性や特徴、技能を評価するに能うかというと疑問もあります。
360度評価による同年代あるいは同職位から、さらに部門を超えての評価をされることで、直接の上位者だけでは見られない側面を、評価の中で汲み取ったり、評価者を増やすことで正確性や納得感を高める必要が、彼らのエンゲージメントには欠かせない要素となるのです。
昨今のムーブメントや変化にも明るい彼らが、前述のように現在の組織を世界的な感覚に基づいて民主主義的に整備してくれる存在であり、さらにはさらに重視されるであろうこのムーブメントに沿った企業活動の担い手であります。彼らの在籍と成長なくしては企業活動や存続に黄色信号が灯り、昭和世代の評価軸による評価で彼らが諦念感を持ってしまうことは赤信号にも等しいのです。
さて、ここまでで360度評価の現在と今後の重要度の高まり、あるいは必然性をご紹介してまいりました。
弊社が提供する360度評価とそれに付随させることのできるサービスにおいては、従来行われてきた定型的な質問回答とその集計のみから成るようなものではありません。
ここまでに触れた、外部全体から企業や従業員個々人までを意識し、マクロからミクロまでにわたる昨今の環境変化から最新のトレンドの反映や、直近で確定的に必要な対応が存在する役員層の登用や経営におけるガバナンス観点での活用に耐えうる、質問内容や構成、支援実績、また心理検査等と合わせたクロス分析による多面的な人材情報として活用できる発展性を有する先進性のあるサービスとなっております。
個々の企業様に支援することのできるサービスの詳細につきましては、弊社ウイリス・タワーズワトソンウェブサイトのお問い合わせフォームより、ご連絡ください。
今後も弊社ニュースレターでは、転換点を迎えているすべての企業が、最適な組織を整備できるよう、新たなトレンドや世の中の要求をタイムリーに紹介しつつ、企業が採用すべき施策を背景や考え方とともに提供して参ります。
※1 2017年9月8日発行 労政時報 3936号 046頁 「日本企業の人事制度の変化と今後の展望」
※2 内閣官房 「成長戦略フォローアップ」 (2020.7)
(本文):https://www.kantei.go.jp/jp/singi/keizaisaisei/pdf/fu2020.pdf
(概要):https://www.kantei.go.jp/jp/singi/keizaisaisei/pdf/fu2020_gaiyou.pdf
※3 内閣府 第15回経済財政諮問会議
(大臣記者会見要旨):https://www5.cao.go.jp/keizai-shimon/kaigi/minutes/2020/1023/interview.html
(議事要旨):https://www5.cao.go.jp/keizai-shimon/kaigi/minutes/2020/1023/gijiyoushi.pdf
※4 株式会社日本取引所グループ 「新市場区分の概要等について」(2020.2) (https://www.jpx.co.jp/corporate/news/news-releases/0060/nlsgeu000004ke6p-att/J_kouhyou.pdf)