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特集、論稿、出版物 | 人事コンサルティング ニュースレター

タレントマネジメントの潮流と展望(後編)

~「ジョブ型」は何をもたらすか~

執筆者 平本 宏幸 | 2021年1月12日

「メンバーシップ型」から「ジョブ型」への転換が、日本企業の人材マネジメント変革の大きなテーマとなっています。年功序列や職能による社内の論理に基づく処遇から、職務という市場の論理を基軸とした処遇への転換は、タレントマネジメントにどのような変化をもたらすのでしょうか。
Work Transformation|Employee Experience|Ukupne nagrade
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「メンバーシップ型」が、一企業への長期の所属を前提としてその企業の内部労働市場におけるローテーションや職能等の序列による処遇を提供することで当該企業における継続的な成長・貢献を重視した仕組みである一方、「ジョブ型」とは元来、市場における流動性を前提としながら、特定の職種やより細分化された職務における専門性の獲得とその市場内でのキャリア形成を促す仕組みです。単純化して言えば、「メンバーシップ型」とは社内における管理職・幹部層への昇進を共通のゴールとする一方、「ジョブ型」は、各人が市場において継続的に価値を持つための専門性や能力獲得が重要な目的となります。このような根本的な狙いの違いは、人事施策における職務記述書の作成や職務評価、市場相場に見合った給与の設定ということにとどまらず、人材の能力開発や育成・選抜においても少なからぬ影響を及ぼします。

「ジョブ型」がもたらす変化

第一に、当然ながら、専門性が重視されるということです。まず従業員の視点では、特にキャリアの初期において、どのような専門性を習得し、労働市場において雇用される価値を持つかということに強い関心が向きます。一つの会社にとらわれない市場での価値を中長期の視点で考えた場合に、できる限り早い段階で専門性を獲得したい、それが可能な環境ではたらきたい、こうした志向性が強くなるのは当然の帰結でしょう。一方、企業側も、価値創出のための機能に適した専門性を持つ人材を集めることは、組織の効率や質を高めることにつながります。また、従業員が専門性を高めようとすればするほど、会社として様々な部門で幅広い経験をさせようとするアプローチは、自律的なキャリア形成にとって魅力的かという点で、社員の志向性と相反する懸念が生じるでしょう。結果として、社員の専門性を高めることに重点が置かれた仕組みとなっていきます。

第二に、社内の流動性に制約が生じます。各組織が高度に専門化されるほど、ますます未経験者を配置することのリスクやコストが高まるため、できる限りそのような異動を発生させない組織マネジメントをすることが有利となります。また、従業員にとっても、全く専門性のない未知の領域に異動することへの抵抗や懸念が高まり、そのような異動に対して消極的となるおそれもありますし、類似の職務を社外で探すという行動がより合理的な選択ともなりえます。結果として、人材の異動は、専門性が活用できるような共通性がある職種の範囲内に限定せざるを得なくなり、組織の専門性の向上と引き換えに人材の固定化やサイロ化のリスクを抱えることになります。このことは、急激に労働市場の流動性が高まらなければ、一企業内では解決しがたい課題となることが想定されます。

第三に、戦略的シフトに対する柔軟性の問題があります。戦略の転換にともなって資源配分の優先順位が変わったときに、専門性を有した人材を集めて迅速に市場に対応することができる反面、相対的に重要でなくなった機能や職務は、専門性が高ければそれだけ変化に柔軟に適応することが難しくなります。結果として、組織や職務そのものを整理・売却するなどの大胆な手法をとるか、多大なコストや労力をかけてスキルの再獲得や自立を促すなどの対応を迫られるか、いずれにしても戦略にあわせてどのようにして組織の新陳代謝や迅速なスキルチェンジを促すかという問題が、「ジョブ型」を進めればそれだけ、重くのしかかってくることになります。

タレントマネジメントへの示唆

このように考えると、「ジョブ型」とは、個人の専門性の追求とそれに伴う組織の専門化の進展をもたらす一方で、人材の固定化や環境変化に対する柔軟性・適応力の低下を生み出しかねない仕組みであると整理することができます。このことは、長期的な企業の人材戦略、タレントマネジメントにおいて以下のような重要な示唆を与えます。

  1. 求められるリーダー像の転換

    まず、求められるリーダー像が大きく変わってきます。メンバーそれぞれが高い専門性を持つことが要求されれば、それらを束ねるリーダーの役割として、専門性はなくとも目標設定と権限移譲、モニタリング、リソース配分を中心としたいわゆる「ジェネラル・マネジメント」ができればよいという役割から、自ら新たな領域を開拓しつつ、その戦略的な洞察や豊富な知見で専門性のある人材を感化することができるような、「エキスパートをリードするエキスパート」という役割がより重視されるように変わっていくことは避けられないでしょう。

    これを極端に突き詰めた例としては、アップルがあげられます。アップルにおいてはCEO直下の組織はすべて機能別組織で構成され、リーダーはその領域のエキスパートであることが要求されます。そしてすべてのマネジャーが「深い専門性(Deep Expertise)」「細部への没頭(Immersion in the details)」「協調的な論争をいとわない姿勢(Willingness to collaboratively debate)」を持つことが求められるとされています。エキスパートとして細部への関心を持ちながら、他の部門の別の卓越した専門性を備えたリーダーとの妥協を許さない討議を繰り返すことで全体として卓越した製品を生み出すという、高度なバランスのもとで組織運営がなされています。

    もちろん、この例は非常に特異なビジネスモデルと組織文化を持っている特殊な例としてとらえるべきという見方もでき、こうした要素がどの程度必要かについては事業環境や機能の特性によって変わってくることは間違いありません。しかし、専門性が重視されるような最先端の競争力が重要な機能ほど、あるいは現場との関係性がより近い職務や組織構造であるほど、そしてメンバーが高い専門性と自律性を持っている組織ほど、このような転換が合理的となることは十分に考えられます。

  2. 「個人が主役」のマネジメントの必要性

    次に、リーダーが最も脚光を浴びる存在なのではなく、従業員ひとりひとりが主役として活躍できるようなマネジメントへの転換が必要となります。個人が専門性の確立を求め、個人の自由度を重視して様々な可能性を模索するようになったとき、一人一人の強みや可能性に着目し、高いエンゲージメントのもとでその潜在的な力を存分に発揮させることが、マネジメントにとって非常に重要な職責となるでしょう。そして、そのために必要なソフトスキルの発揮や相手や状況に応じて的確なコミュニケーションをとる力は、リーダーにとって欠くべからざるものとなります。

    前回のHuman Capital Managementに関する論考とも関連しますが、ESGのSの一つの要素であり重要なステークホルダーである従業員を価値創造につながる重要な資本である「人的資本」とみなし、その効果的な活用がなされているかどうかが投資家の重要な関心事となってきたというのが、昨今起きている大きな変化です。この潮流を鑑みれば、企業が個人のポテンシャルを解き放ち、活かせているかどうかは、従業員が受ける影響のみならず、投資家にとっての投資判断の材料として、経営そのものに影響を及ぼすようになってきました。

    個人が自己選択を重視しながら、そのような選択の自由を可能にする、市場において汎用的に活用できる専門性を持つことを志向すること、そしてそこで最も価値を出しやすい、はたらく場として魅力的な場を積極的に選ぶという行動により重きが置かれるようになれば、企業として「個人から選ばれる」こと、そして「投資家からも選ばれること」を重視して、個々人がより高いエンゲージメントをもってはたらける環境を提供すること、そのためのマネジメント上の創意工夫をこらすことは、企業にとっての重要な経営課題となります。

  3. 客観的なデータの重要性

    このような中で、360度評価(特に部下の評価)やエンゲージメントサーベイのような、一人一人の認識をとらえたデータが、マネジメントに対する「従業員体験(Employee Experience)」を読み解くうえでこれまで以上に価値を持った情報となることが予想されます。メンバーが動機づいているかどうか、高いエンゲージメントをもってはたらいているかどうか、は、受け手である社員の主観的な認識に左右されるものであるため、マネジメント側の一方的な主観のみでは正しく評価することができません。あくまで、従業員一人一人がどのように認識しているかのデータを集め、その集積としての結果を解釈しない限りその全体像が見えないため、そのようなデータがない中では、ともすれば経営から全く見えない中でいつのまにか従業員の活力を失っていというく可能性があるのです。このような一人一人の認識のデータをどう取得するか、そしてそれをどうマネジメントや人事の様々な意思決定に活かしていくかは、今後ますます重要なテーマとなるでしょう。

    また、リーダーのリスクマネジメントという観点でも、周囲の認識データは重要となります。特に、専門性が重視される組織において、専門性のパワーによって細部を詰めすぎるがためにマイクロマネジメントとして周囲から認識されるリスクや、各部門がサイロ化することで(アップルにおいてCollaboratively debateと呼ばれるような)異なる専門性を持ったリーダー同士の建設的な議論が効果的に進まないおそれ、自身の経験の範囲内での局所的な意思決定がなされる懸念など、従来はさほど重要でなかった懸念やリスクがますます生じることが考えられます。このような観点からも、変わりゆく組織の中でどのようにリーダーが振る舞い、それが周囲からどう認識されているか、そして全体としてのエンゲージメントが高まっているかについて、客観的にとらえることが不可欠です。

     他方で、個人の職務における適性を判断するための客観的なデータをどう捕捉するか、という点も、専門性が重視されるなかではますます重要となります。顧客への傾聴や関係づくりなどが重要となる職務と、事実・データの分析から品質の高いアウトプットを期限通りに提供すべき職務とでは、求められる適性そのものが異なります。そのような場合に職務と人材とのミスマッチが生じれば、リソースを投入しても成果につながらないばかりか、組織全体としての非効率や、社員の意欲の低下にもつながりかねません。あるいは、プレイヤーとリーダーとで求められる役割が全く異なる場合には、卓越したプレイヤーだからといってそれはリーダーとしての成功を予測するわけではありません。このような場合に、早期にリーダーとしての適性を見極め、また育成していくことができるか、またそのための予測材料となる、例えば心理アセスメントなどのデータや、データを活かした育成の仕組みを持っているかどうかが、より意味を持つことになります。

  4. リーダーシップ開発の変化

    いわゆるリーダーシップ開発や経営者の後継者計画についても、影響が生じます。一定の上位の階層にまで専門性が重要視されるようになれば、経営全体を俯瞰してかじ取りをする経営者としての能力をどのように涵養するかというテーマは、通常の業務を進める中では劣後することにもなりかねません。したがって、逆説的ではありますが、専門性が重視されるようになるほど、どのように経営全体を俯瞰できる経営者候補を育てていくかという課題が、これまで以上に重視されることになります。専門性はある程度市場での代替が可能ですが、会社の理念や価値観を深く理解して全社を導くことができる経営者は、専門性を持ったマネジャーほどには外部からの招へいが容易なものではありません。

    個人としても、専門性を蓄積・洗練させながら市場での価値を追求することと、経営層としての総合的な経営能力を高めることが必ずしも一致しないため、どの方向に自分の限られたリソースを投入するかどうかが、個人としての重要な意思決定事項になります。選抜された優れた個人も、ポジションの制約によって更なる選抜にさらされるリスク、また最先端の専門性の追求から離れることで容易に後戻りできないキャリア上のリスクが強く意識されることになるからです。経営として可能性のある人材を積極的に特定し、意図的に機会や経験を与える工夫をすること、また専門性という価値基準から離れてそうした将来の経営者への道を進むことを強く候補者に動機づけしていくことが、このようなプログラムを運営していくうえで問われることになります。

    結果として、「経営者」という職務を担うことを視野に入れた限られた人材群と、市場における流動性や機会を考えながら自らの専門性を高めることに価値をおいた人材群とで、異なる方向性での人材開発が求められることになると考えられます。いうまでもなく、これは優劣の問題ではなく、個人の価値基準やキャリアの志向性、職務・役割に対する適性の違いの問題であり、そのような多様性を内包した仕組みや風土に変えていくことが、ますます重要となるでしょう。

  5. 組織としての継続的なラーニング

    個人、そして組織としての専門性が重視されれば、その専門性を継続的に高めていくこと、そして市場のニーズや技術の進展にあわせて新たな領域へと拡大、シフトしていくことが、より重要となってきます。従来の専門性を維持しているだけでは、中長期的には世の中の先端から遅れることで個々の人材の競争力が失われ、かつそれが組織の中で固定化していけば、組織全体の活力と競争力を失わせます。

    そのため、中長期的な戦略に合わせてどのように組織としての専門性を進化させるのか、そのための学習を支援できる環境を与えられるかが、経営層や人事にとっての課題となります。前述のアップルにおいては、リーダー自らが新しい専門領域を学び、その領域をけん引することがリーダーの仕事において大きなウェイトを占めているとされますが、まさに個々人それぞれの努力のみならず、どこに進むのか、そしてそのために何を学ぶ必要があるのかを組織に示すこと、そしてそれを自ら実践することが、企業の競争力を左右する戦略的な意思決定であり、個人が重視されるなかで一人一人を感化して導くために欠かせない要因でしょう。

    以上、「ジョブ型」への転換がタレントマネジメントにもたらす意味合いについて、要点を中心に概要を整理しました。前編においては2010年代に起きたタレントマネジメントの変化、そして中編においてはヒューマンキャピタルマネジメントという投資家視点での潮流を概観しましたが、これらに加えて、特に日本においてこの10年で大きく変化するであろう「ジョブ型」の概念がどのようにタレントマネジメントに影響を及ぼすかについて、将来の展望を考えるための一助となれば幸いです。

執筆者プロフィール


シニアディレクター
Employee Experience(EX) 統括

入社以来、人・組織に関する課題解決を通じた変革支援のコンサルティングに一貫して従事している。人・組織に関するソフトな課題を主として扱う部門を統括。近年は特に、経営者の後継者計画、指名委員会運用支援、リーダー開発・エグゼクティブアセスメント、タレントマネジメントの戦略構築・実行支援において豊富なコンサルティング経験を有する。


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