コロナ禍、そしてESGやSDGsへの注目の高まりの中で、重要なステークホルダーである従業員の「持続可能なエンゲージメント」、そしてそれを測定するツールとしてのエンゲージメントサーベイが再度、注目を集めている。企業として将来の業績成長をアウトカムとしたときに、従業員の意識において、将来の業績成長というアウトカムに影響をもたらす要因が「持続可能なエンゲージメント」であることは周知のとおりである。
では「持続可能なエンゲージメント」をアウトプットとした際に、従業員の視点か、それに対するインプットとなるものは何か。高業績企業と、それ以外の平均的な企業で、従業員の意識は何が異なるのか。
ウイリス・タワーズワトソン(Willis Towers Watson)は、50年を超える従業員意識調査データから、EX(従業員体験)は4つの領域から構成されること、そしてそれぞれが3つのレベルに分類されることを明らかにし、これをHigh Performance Employee Experienceモデル(HPEXモデル)として設定した。(図1参照)
高業績企業基準値を構成する企業は優れた財務パフォーマンス を達成しており、これらの企業における従業員体験は4つの領域(Purpose, Work, Total Reward, People) で異なっている。
エンゲージメント調査は、「持続可能なエンゲージメント」を結果指標として設定する。そして、それに影響をもたらすことがWillis Towers Watsonの調査研究で明らかになっている領域を網羅的に、そしてそれぞれのクライアント企業の目指す姿や現状の課題に即して設計する。
具体的には、以下がその対象となる。
会社の目指す方向性、企業理念や使命をここ数年間、ビジネスにおいてどのように差別化し、実現しようとしているのかを示す戦略や中期経営計画。それらを牽引するリーダーシップ機能。職場における業務遂行のルール・体制、状況、職場や組織の暗黙のルールである風土(倫理性や多様性なども含む)。そしてその対価として従業員が受け取るタレントマネジメントやパフォーマンスマネジメントといった人事的対応。(図2参照)
これらは、高い業績を生み出す「持続可能なエンゲージメント」を生み出し維持するために、企業が取るべき、そして取りうるプログラムや施策である。
意識調査の究極の目的は、企業の持続的な成長と、社員エンゲージメントの維持・向上の好循環の実現。
組織の業績成長との関係性の強い「持続可能なエンゲージメント」と、 それを支える要素を、クライアント企業の課題認識に則して設計する。
これに対して、HPEXの12のタイル(象限)は、その結果、従業員はその企業においてどのような経験を持ちえたのか、という従業員目線での検証である。これらはいずれも、Willis Towers Watsonのエンゲージメント調査で用いられている設問から導き出される数値であり、弊社のエンゲージメント調査を実施しているクライアント企業は、インデックスのような方法で、会社施策の効果測定と、その結果としての従業員の経験(HPEX)を同時に検証することが可能となっている。
HPEXには2つのスコアカードが存在する。
一つは、Willis Towers Watsonの高業績企業基準値を一つの軸として、もう一つの軸をグローバルの業界基準値、あるいは国別基準値として、それぞれのタイルのスコアを一定の基準の基に割り出し、ヒートマップ化したものである。これは、マーケットにおける自社スコアの位置づけの概要をつかむものである。これはマーケットでの位置づけの絶対観をつかむうえで非常に有益であるが、他方、2つの基準に対して突出した高い、低いというカラフルな結果となることはそう多くはなく、やや低いという中に多くのタイルが入り、状況はわかるが、優先順位やフォーカスを絞りにくい、という結果になりがちだ。
そこでもう一つご提供できるスコアカードが、絶対観で見たときの高い・低いは別として、その組織体の中での相対的な強みや改善領域を示すものである。これを見ることで、企業として、どこに改善領域があり、どこに注力すべきなのか、の示唆が得られる。
Willis Towers Watsonでは、高業績基準値と各国の国別基準値を用いて、前述の2つ目について、国別スコアカードを策定した。(図3)
これはあくまで、国別基準値の12タイルのスコアと高業績企業基準値との差をzスコア化した際の、12タイル内での相対的な高低を示すものであり、日本基準値の12タイルのzスコアと高業績企業基準値との差の絶対観を示すものではないことに留意されたい。
では、日本基準値での結果はどうか。図4を参照されたい。
こうしてみると、PURPOSEの理解、TOTAL REWARDの公正な報酬は想定的にスコアが高いが、WORKのなかでの組織だった生産性の高い業務推進体制(組織)と、自社の成長に向けた変革が世の中をも変えていく実感(変革への推進)において、もっとも乖離が大きい。その他、個々人の潜在可能性をいかに引き出すか(成長)、イノベーションに必須の組織の壁を超えたコラボレーション(協働)などでの課題感が高い。
緑色のタイルは、高業績企業基準値には及ばないが、日本基準値においては高業績企業基準値との差が比較的小さいことを意味する。現状においては良好な状態であり、強みとして伸ばしていける可能性が高い。 赤色のタイルは、高業績企業基準値との乖離が大きな領域であることを意味する。改善可能性、伸び代がもっとも大きなトピックであることを示している。
そしてアンバー色のタイルは、緑と赤の中間的な結果のトピックスであることを示しており、今後の取り組みにより、改善、悪化のいずれにもなりうることを示している。
業界別にみても、それぞれ特徴がある。今回は、グローバル製造業の例を示してみたい。(図5)
弊社クライアントのうちグローバルに製造業に従事している回答者データで構成されるグローバル製造業基準値と高業績企業基準値を用いて分析されたものだ。
HPEXスコアカードを持つことで、従来のエンゲージメント調査結果に、もう一つ新たな視点を加えることが可能となった。これまで通り、会社が実施してきた施策の効果測定を行うと同時に、従業員視点での検証が可能となる。
人事部門は「持続可能なエンゲージメント」という指標を持つことで、経営に対して、人事施策と企業の事業・業績成長との関係性を科学的に説明することが可能となった。そして今、HPEXのフレームワークを活用し、スコアカードを持つことにより、EX=従業員視点での検証を自ら行うことが可能となった。これは、エンゲージメントサーベイデータを保有することで、会社視点での人事諸制度・プログラムの設計と導入、そして従業員視点での効果測定とインプリメンテーションの工夫の双方が可能になることを意味している。エンゲージメントサーベイデータ、その他の人事データ、業績関連データの蓄積が拓く可能性は極めて大きい。
マッキンゼー・アンド・カンパニーのコミュニケーション・スペシャリストを経て、WTW入社。従業員エンゲージメント、コミュニケーション、チェンジマネジメントなどの領域に20年以上のコンサルティング経験を持ち、寄稿・インタビューなど多数。EX(Employee Experience)ビジネスのInternational Geography(アジア・豪州、中東、中欧・東欧、南米)のリーダー。