まず、一口に人事異動と言っても昇格や転勤、入退社など様々ですが、本稿では昇降格を伴わない部署の変更や勤務地の変更など“横”の異動について考察していきます。
メンバーシップ型人事制度を運用する多くの日本企業で、人事異動は会社人生に付きものです。社員は新卒で入社以降、3~5年でジョブローテーションし、また、一つの異動をきっかけに、玉突き的に多くの異動が発生します。異動は原則会社(人事)が主導し、大企業では配属希望が通る人の方がむしろ少数派です。
一方、ジョブ型ではこうした異動の在り方は一般的ではなく、ジョブ型制度を導入する企業は考え方を見直す必要があります。
そもそも、人基準で処遇を決めるメンバーシップ型の職能資格制度に対し、配置や仕事で処遇が変わるジョブ型の職務等級制度では異動をさせにくいという制度上の違いがあります。ただし、そうした“異動の柔軟性の無さ”は、ジョブ型制度が前提とする考え方を反映したものでもあります。メンバーシップ型とジョブ型では、大きく分けて二つの点で考え方が異なります。
一つめはキャリアの考え方です。メンバーシップ型では、主に複数の職種を経験しつつゼネラリストになっていくことを志向しています。また、キャリア形成は会社が主導し、社員はキャリア形成に受動的です。
一方、ジョブ型制度が前提にしているのは、職種別のスペシャリスト的キャリアです。会社主導ではなく、自ら主導して一定の専門領域で複数の会社を経て専門性を高めていくという考え方です。これはジョブ型制度が基本である日本以外の多くの国では一般的な考え方です。
二つ目は欠員補充の考え方です。メンバーシップ型は、欠員が発生した場合、できるだけ既存の社員で補います。役職者の場合、外部採用することはあまり一般的でなく、内部昇進か、それができなければ他の部署から多少強引な玉突き異動も行い、空席を埋めます。
ジョブ型でも内部補充が基本ではありますが、役職者含め、外部からの採用も行います。ジョブディスクリプションによって職務内容や必要要件が明確なため、役職者でも外部採用が可能なのです。
こうした考え方の違いは会社側だけでなく、社員側にもあります。メンバーシップ型企業に勤めて来た多くの社員にとって配属は会社が決めるものであり、会社都合によって専門外の部署にも異動することを承知しています。しかしジョブ型企業に勤めている社員にとってキャリアは自らの専門性を軸に考えるものであり、会社都合により専門外の部署に異動させられることを受け入れにくい場合もあります。
このように、メンバーシップ型制度とジョブ型制度では、制度以前に前提となる考え方に違いがあるということを理解しておく必要があります。
それでは今回も、クライアント企業様から多く寄せられる異動・配置の運用上の疑問について、Q&A方式で記述していきます。
Q1:ジョブ型ではどんな場合に異動が起こるか?
ジョブ型でも、ジョブファミリー(仕事の内容や特色によって括られた職種群)の中では異動が起こります。例えば、営業ジョブファミリーの中で、商材Aの営業から商材Bの営業に移るといったケースです。基本的にジョブファミリーを跨ぐ異動を会社から命ずることはあまりありませんが、幹部候補については、経営において様々な経験が求められることから、限定的にジョブファミリーを跨いだ異動を行うことがあります。
本人が異動を希望するケースもあります。定期面談等の機会で本人から申し出があれば、適性等を勘案した上で対応することもあり得ます。また、ジョブ型企業ではポジションに空席が出た場合、社内に公募をかけ、社員が自分の意思で応募できるジョブポスティング(社内公募制)も一般的です。
Q2:ジョブポスティング(社内公募制)はどう運用するか?
ジョブポスティングは社員の意思で使われる制度です。制度があっても利用されないのでは意味がありません。いかに“使われる制度”にできるかがポイントになります。
そのためにまず重要なのは、“キャリアに対する意識付け”です。ジョブ型では、自ら求めなければ大きなキャリアチェンジの機会は得られません。そのことを社内コミュニケーションによって継続的に伝え、キャリア形成を自分事として考えるよう促していくことが重要です。キャリア面談やCDP(キャリアディベロップメントプラン)の作成等により、キャリアについて考える機会を設けることも有効でしょう。
制度の“使いやすさ”もポイントです。ジョブポスティングが活発な企業の例では、ポータルサイト上で募集中の全てのポジションを公開し、社員がいつでもアクセスできるなど情報提供を充実させています。また、ジョブポスティングによる異動の際、異動元の上司には基本的に拒否権はありませんが、部下側の心理的な使いにくさを軽減するため、上司の理解を醸成していくことも重要です。
ただし、あくまでポジションに対してベストな人材を選ぶことが前提です。ジョブディスクリプションでポジションの要件を明確にし、選考プロセスを設けたうえで、外部市場も含めてベストな人材なのか、ポジションを良く理解している事業側がしっかり見極めることが重要です。
ちなみに、ジョブポスティングという制度自体はそれほど新しいものではなく、1990~2000年代に成果主義の潮流に合わせて導入が進んだ施策でもあります。図1は、社内公募制度を導入している企業の割合を示しており、2018年時点で、1000人以上の大企業では30%以上が導入していることが分かります。
(出典:労政時報「人事労務諸制度の実施状況」(2010~2018)より筆者作成)
Q3:会社主導の異動の場合、本人同意が必須になるか?
ジョブ型では、異動の際は会社と社員が対等な関係の中で交渉し、説得するのが基本です。いわゆる判例で認められている異動や転勤に関する業務命令権がなくなる訳ではありませんが、職種別のスペシャリスト的キャリアが前提になっていることを踏まえれば、本人に相談せずに決定するといったことは避けるべきでしょう。異動によるキャリア上の利点や処遇など、本人にとってのメリットをきちんと示し、相談する必要があります。
メンバーシップ型、特に大企業では本人に相談せずに異動が決定されることも多く、現行の運用と異なるという企業もあるかもしれません。図2は、国内企業が転勤者選定においてどの程度本人意思を反映しているか調査した結果を示したものです。これを見ると、最も多いのは「本人の意思・自己申告に配慮しながら相談の上で転勤を行う」ですが、次いで多いのが「本人の事情調査は行うが、本人には相談せずに転勤を決定する」となっており、「本人意思や事情の調査は行わない」という企業も少数ながらあります。
ジョブ型制度が今後も広がっていくとすれば、多くの企業が、従来の一方的な異動の決定方法を見直す可能性があります。
(出典:労政時報3889号「国内転勤に関する取扱いの最新実態」(2021年)より筆者作成)
Q4:本人との相談が必須になると、社内の仕事を全て埋められなくなるのではないか?
ジョブ型制度を導入すると、たしかに配置の柔軟性は削がれます。これはメンバーシップ型制度を運用してきた企業にとっては、大きなデメリットに映るかもしれません。しかし一方で、望まない異動による社員のエンゲージメント低下などの副作用を考えると、一方的な異動の決定は、会社にとっても必ずしもベストではないのではないかというのが筆者の考えです。
ジョブ型企業としては、スムーズに仕事を埋められるよう計画的に後継者を育成すること、また、市場競争力のある報酬設定や魅力的な人事制度構築によって、採用力の強化に注力するのがあるべき姿といえるでしょう。
Q5:新卒社員の適性見極めはどうするのか?
メンバーシップ型企業で新卒一括採用された社員は多くの場合、入社時点でキャリア軸が決まっておらず、若手の内に複数の職種を経験しながら適性を見極めます。ジョブ型制度のもと、大きな職種転換をしながら適性の見極めができないとすると、新卒社員に対して取り得る選択肢は以下の二つが考えられます。
最もジョブ型に振り切ったやり方としては、ポテンシャル重視の新卒一括採用をやめ、新卒でも職種別に採用、あるいは中途採用に切り替えることで、適性見極め期間を不要にする方法です。これは日本以外の国では新卒一括採用は一般的ではないため、むしろ普通の方法です。国内でもジョブ型制度を導入した企業として有名なKDDIでは、22年度入社の新卒採用の内5割を職種別採用とし、21年度の中途採用も19年度比4割増とするなど、従来の新卒一括採用重視の考えから転換しつつあります。
一方、新卒一括採用を廃止するのはハードルが高い場合、現実的に取り得る案は、若手のうちはメンバーシップ型的にキャリア適性の見極め期間を設ける方法です。ただしこの場合でも、採用時点で本人の希望や特性を基に、営業部門、コーポレート部門、研究開発部門など大枠で区分することで、本人の納得度が高まり、ジョブローテーションの計画も組みやすくなるでしょう。期間の長さは、最低1職種、多くて3職種程度を経験するとすれば3~6年程度が目安になると考えられます。
異動や配置に関しては、ジョブ型はメンバーシップ型と比べると自由度が下がり、やりにくさを感じる面があるかもしれません。制度導入の検討にあたっては、制度ありきではなく、まず前提となる思想を理解し、会社の方向性とマッチしているか吟味することが重要です。
日系大手鉄鋼メーカーにて工場人事職を経て現職。主にジョブ型人事制度など等級・報酬・評価制度設計および導入支援や、エンゲージメント調査の実施・分析のコンサルティングを担当。そのほかにも人的資本開示支援や、監査部による人事制度監査の支援などのプロジェクトを担当している。