2021年4月頃から、先進的な企業は「大量退職時代」と呼ばれる事態に対応するため、進むべき道を模索してきました。
アメリカなどの国で発表された9月の雇用統計によると、ほとんどの市場で雇用が増加している一方で、全体の労働力率はパンデミック前よりも低く、かつ離職率は依然として高い水準であり、何百万もの求人が埋まらないままとなっています。
記事「Transforming the Great Resignation into The Great Hire」では、現在の環境で「人材確保の成功企業」となるために、将来を見据えたリーダーがとるべき行動について述べています。採用に成功し、一方で離職率は低く抑えられている企業では、従業員が入社して定着する理由と退職する理由を深く考察しています。さらに柔軟性を強みと考え、給与や福利厚生の変革、職場環境の包括的な設計、文化・価値観・目的の浸透によって自社組織を他社と差別化し、成功へ導くための価値提案(バリュープロポジション)と従業員体験(エンプロイーエクスペリエンス)を生み出しています。
この記事が書かれて以降、世界中で何百万もの人々がハイブリッドワークまたはフルタイムで職場に復帰し、パンデミック時も現場で働き続けていた人々に加わっています。
人材確保に成功している企業はコロナ禍で得た教訓に基づき、差別化のために次のような行動をとっています。
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ハイブリッド・ワークやリモート・ワークが進んでいる企業では対面でのコミュニケーションが少なくなっているかもしれませんが、人材獲得のためには対面でのコミュニケーションの価値を理解し、活用することが重要です。 パンデミックが発生して以来、初めて対面での会議を開催した企業は、1年以上直接会っていなかった従業員のエネルギー、つながり、包容力、集中力、創造性、生産性、洞察力、革新性などが大きく向上したと報告しています。従業員側も通勤や対面の打ち合わせによる感染リスクに不安を感じている人もいますが、会議自体にはある種の高揚感があると報告しており、「18ヶ月ぶりに、誰もミュートかどうか指摘する必要のない会議に参加できてうれしかった」といった感想も聞かれます。先進企業は対面式の会議を当然のものと考えず、意味のあるもの、意味のあるもの・価値あるものにしようと取り組んでいます。
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パンデミック時には世界の従業員の約3分の1が現場に残って仕事を続けましたが、先進企業はこうした現場で働く人々もリモートワーカーと同様に、あるいはそれ以上に柔軟性を重視していることに気付きました。例えば、従業員はオンサイト、リモート、ハイブリッドの働き方に関わらず、柔軟なスケジュールで働けることや「どこで働くか」と同様に「いつ働くか」の柔軟性も重視しています。
これらの企業は従業員に休暇、育児・介護支援などの基本的な福利厚生に加え、職場や自宅近くで利用できるヘルスケアや精神的ウェルビーイング、それぞれのニーズや年齢・性別等に合わせた教育やプログラムが利用できる経済的ウェルビーイングの制度などを柔軟に提供しています。他にも食事補助(近隣の飲食店の食事券など)や通勤支援、仕事をよりフレキシブルにするツールを提供するケースもあります。
場所や時間に関係なく、働いている従業員に合わせて最適化していくことが重要かつ他社との差別化につながり、今後コロナ禍が収まったとしても、この潮流は変わらないでしょう
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人材確保に成功している企業は、従業員が重視するのは「柔軟性」に次いで、「リーダーが自分を気にかけてくれること」、「リーダーに話を聞いてもらえること」、「リーダーが自分のことを理解してくれること」であると報告しています。
パンデミックは、世界中の従業員に大きな精神的ダメージを与え、多くの従業員が孤立感、注意力散漫、抑圧感を感じているとの調査結果が出ています。世界各国で発生した社会的混乱は従業員を分断し、出張の減少、リモートワーク、閉鎖的な社会制度によって国や地域を超えて疎外感や理解の欠如が広まりました。
従業員を惹きつける組織はフォーマル、インフォーマル両方の場で従業員の声を聴き、従業員のニーズや心配事に気づき、また、共感・思いやりをもって従業員を観察・理解するためにコミュニケーションをとっています。そうした組織は従業員をつなぎとめられるだけでなく、エンゲージメント、生産性、イノベーション、パフォーマンスのレベルも高いと報告されています。また、「人を“公平に扱うこと”は、人を“同じように扱うこと”ではない」という重要な学びも報告されています。
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パンデミック時において、身体的・心理的安全性はより重要となります。従業員もこの身体的・心理的安全性を重視しており、就職先を選ぶ際には、企業風土や実際の職場における安全性への考え方を基準にすると言う声も聞かれます。身体的に安全で、かつ差別やハラスメント、排除、いじめ等のない環境で敬意を持って従業員に接する環境を構築することで、組織はより多くの人材を集め、定着率を高めることができます。
ウイリス・タワーズワトソンの調査によると、このような文化は従業員のウェルビーイング、人材の採用・定着、DEI(Diversity Equity Inclusionの頭文字)、さらには革新的でより協力的な職場環境の構築など、人材に関する主要指標の向上につながるという結果が出ています。
労働市場が混乱している中にあっても、企業は将来を見据えた取り組みによって人材を確保することができ、またそれはポストコロナにおいて企業の安定性を回復させ、競争力を高めることにつながっていくでしょう。
欧米では退職者、あるいは退職を検討している従業員数は過去最高水準となっており、そうした状況をテキサス大学のアンソニー・クロッツ教授は“The Great Resignation”(大量退職)という言葉で表現しています。日本においては、今のところ退職者の顕著な増加を示すデータはありません。しかしながら欧米で“大量退職“が起こっている理由をみると、「コロナ禍によって現在の職場での精神的負荷が増加したこと」、「リモートワークの普及により通勤しなくても良くなったこと」、「自分の人生を振り返る時間ができ、本当にやりたいことを考えるようになったこと」、「異なる場所で働くハードルが下がったこと」など、日本でも当てはまりそうなものはいくつもあり、今後欧米のように退職者が増加しないと言い切ることはできません。魅力的な、あるいは安心して働き続けられる職場を構築するため、事例から学び、実践できることは多いのではないでしょうか。
※本記事は、ウイリス・タワーズワトソンのシカゴに在籍するコンサルタントにより執筆された記事の和訳版です。
日系大手鉄鋼メーカーにて工場人事職を経て現職。主にジョブ型人事制度など等級・報酬・評価制度設計および導入支援や、エンゲージメント調査の実施・分析のコンサルティングを担当。そのほかにも人的資本開示支援や、監査部による人事制度監査の支援などのプロジェクトを担当している。