中長期的視点から、能力・働き方を踏まえ、役職定年者に最適な処遇を設計する
役職定年制とは、管理職としての役職(ポスト・ポジション)に就く従業員が一定年齢に達すると、当該役職から外れる人事制度である。
労務行政研究所の「人事労務諸制度実施状況調査」(2018年)によると、「役職定年制」の実施率は29.5%となっている(『労政時報』第3956号-18. 8.10/ 8.24)。一方、人事院の「平成29年民間企業の勤務条件制度等調査」においては、「役職定年制がある」とした企業は、労務行政研究所調査より実施率がやや下がり、16.4%である。また、人事院の同調査によると、部長・課長とも55歳で役職を解くケースが最も多く、次いで57・58歳となっている[図表 1-1, 2, 3 ]。
資料出所:人事院「平成29年民間企業の勤務条件制度等調査」
[注] 1. 各内訳について、「不明」は除いているため足し上げても100.0とはならない。
2.「役職定年制がある」「役職定年制がない」の各内訳の( )内は、それぞれの回答企業を100とした割合。
資料出所:人事院「平成29年民間企業の勤務条件制度等調査」
[注] 各内訳について、「不明」は除いているため足し上げても100.0とはならない。
資料出所:人事院「平成29年民間企業の勤務条件制度等調査」
[注] 各内訳について、「不明」は除いているため足し上げても100.0とはならない。
「役職定年制」は、企業にとって人件費削減やポスト不足の解消等のメリットがある一方、従業員には個人の報酬減をはじめとしたさまざまなデメリットが伴う制度といえる。定年延長などの高年齢者雇用に関する見直しが求められる中、連動する人事制度として役職定年制をこれから導入するべきか、もしくは既に実施済みの場合に改廃すべきかなど、頭を悩ませている企業は少なくない。本稿では、役職定年制の概要や従業員に与える影響について検討し、これから新たに導入あるいは見直しを図る場合に留意すべきポイントを考えていく。
昭和初期から戦後しばらくの間、日本企業の一般的な定年年齢は55歳だった。しかし、高度経済成長に伴い労働力が必要な中、中長期定な労働力不足への懸念(2000年代後半の団塊
世代の大量退職など)が高まり、また平均寿命の延伸(日本男性の平均寿命は1950年の58.00歳が1980年には73.35歳と、30年間で約15歳の伸び)[図表 2 ]により、55歳以降でも働き続けることのニーズが企業・従業員双方で高まった。
資料出所:1950、1960年は厚生労働省「簡易生命表」、1960〜2015年までは厚生労働省「完全生命表」、2018 年は厚生労働省「簡易生命表」による集計結果。
このような背景を踏まえ、1986年に「高年齢者等の雇用の安定等に関する法律」(高年齢者雇用安定法)が制定され、事業主に対して定年年齢が60 歳を下回らないことが努力義務とされた。そして、60歳定年制がおおむね定着した1994年に法改正がなされ、60歳未満の定年が禁止されることとなった。役職定年制は、このように定年年齢が55歳から60歳となる過程において、1980年代は組織の新陳代謝・活性化の維持、人件費抑制を、1990年代以降はポスト不足の解消等を目的として多くの企業で導入された施策である。
現在では少子高齢化による労働人口の減少が大きな社会課題となっていることや、平均寿命がさらに延伸していること(日本男性の2018年の平均寿命は81.25歳、1980年から7.90年の伸び)、また公的年金制度が脆 弱 と考えられていることなどから、高年齢層の雇用確保措置の必要性を国・企業・労働者それぞれが認識している状況にあるといえる。
このような課題認識の下、高年齢者雇用安定法は1994年以降も段階的に改正され続けている。2006年には65歳未満の定年を定めている事業主に 対して、65歳までの雇用を確保するための措置(①定年の引き上げ、②継続雇用制度の導入、③定年の定めの廃止のいずれか)を実施すること、そして2013年には段階的に希望者全員を65歳まで雇 用することが義務づけられた。さらに2021年 4 月に施行された改正法では、70歳までの就業確保措置を講じることが努力義務とされた。
1986年からの法改正の流れを鑑みるに、遠からず70歳までの就業確保措置の実施が義務化されることが推察される。このような現状は、役職定年制が広く普及した1980年代の状況と近しく、高年齢層の雇用に伴う人件費のさらなる増加やポスト不足への対応を迫られる企業は少なくない。そしてその解決策の一つとして、再び役職定年制が着目されていると考えられる。
ここであらためて、役職定年制導入の意義(想定されるメリットや効果)、別の視点で捉えるならば役職定年制が持つ機能について確認しておきたい。これは大きく分類して、以下[1]〜[3]の三つが挙げられる。
年功的な昇給カーブを持つ企業では、50代の報酬が世代別で最も高くなる。この世代の従業員が報酬に見合うだけの成果を生み出せていればよいのだが、特に年功に重きを置いた人事管理(昇進昇格や昇給など)がなされている場合、成果や役割に対して報酬が過大に支給されているという ケースは間々見られる。年功給を持つ企業の多くが導入していると考えられる職能資格制度では、従業員が現在果たしている役割や生み出す成果の大きさに応じて柔軟に等級を変更することは難しく、また、賞与を除き報酬の引き下げの実施もハードルが高い。
このような中で50代を中心としたベテラン層の高過ぎる報酬を引き下げる手段として、役職定年制が活用されている。ある意味では、年功的な人事管理の機能不全を解消する仕組みといえよう。
事業が成長途上にあり、それに伴い、組織も大きくなる過程にある企業では、付随して組織長などのポストも増えていくが、現在の日本企業の多くはこのような状況になく、むしろ組織のスリム化によりポスト数が減少しているほうが一般的と考えられる。従業員はこの限られたポストを巡って、ある意味で競争をしているわけだが、年功を重視もしくは一定程度加味して決定する日本企業(いまだに少なくない)では、限られたポストを年長者が占めており、若手・中堅の従業員は“上詰まり”が解消されるまでの長い期間、自身の順番が来るのを待たなくてはいけない。このような状況が、優秀な若手・中堅人材の能力を十二分に活用して組織力を高める、あるいは早期抜擢により育成するといった手段を取ることを難しくしている。
つまり、ポスト不足を解消し、若手・中堅に任用の機会を与えて組織力の強化を図るための手法として、一定年齢以上の役職者が強制的に任を解かれ、後進にポストを譲る役職定年制が用いられている。
一つのポストに同一の従業員が長らく“ボス” として君臨し続けているケースが、一部の企業では見られる。その従業員が高い力量を有しており余人をもって代え難いという場合もあるだろうが、社内のさまざまな力学(社内政治・過去からの経営陣との関係性など)が働き、人材の入れ替えをしたくても誰もその従業員をポストから外せないといった背景があることが多い。
このような必ずしも健全とはいえないポストの固定化が発生した場合、年齢という客観的な条件でポストから当該従業員を外すことが、役職定年制により可能となる。ポストの固定化を打破し、新たな人材が新しい風を吹かせることで組織の活性化を実現することも、役職定年制が持つ機能の一つといえる。
このような機能を持つ役職定年制だが、導入するに当たっては、以下の点について留意が必要である。
新たに役職定年制を導入する場合は、就業規則 の変更が必要となる。労働契約法10条では就業規則の変更に際し、労働者が受ける不利益の程度や変更の必要性、内容の相当性などの観点から合理性が認められなければならないとされている。 役職定年制の場合に特に論点となるのが報酬減の取り扱い、具体的には報酬削減の方法と減額幅だろう。本稿では法律面の紹介は割愛するが、明確な職能要件や降格を予定した就業規則の規定を持たずに職能給を運用している企業において、職能給を減額することは不合理とされた判例が複数見られる。
いずれにしても、役職定年制の導入に当たっては、就業規則の改定および制度設計の双方において、法的な側面に対する十分な配慮が求められる。
現在ではダイバーシティの尊重が強くうたわれているが、企業での文脈としては、主に障害者、女性と外国人、そして性的マイノリティーが主な対象となっているのが実情といえる。一方、2021年 4 月に施行された改正高年齢者雇用安定法では70歳定年が見据えられていることや、定年を廃止する企業も徐々に増え始めていることから、年齢を基準とした報酬調整や退職といった人事管理が、いずれ差別として捉えられる時代が現実的に到来し得ると推察される。
海外に目を向けると、定年を定めていない国が圧倒的に多い。例えば米国や英国では、そもそも定年制が年齢差別に該当するとして認められていない。従業員の多くは年金支給開始に合わせて退職している模様である。また、両国とも大部分の企業で職務等級制度が導入されているため、加齢により現在の業務の継続が難しくなった労働者は、社内外でより負荷の低い業務に就き、その職務に見合った報酬を得ることとなる。一定年齢に達したことを条件に処遇を引き下げることは法的に実施できないが、職務ベースの報酬という仕組みが役職定年制を不要のものとしているといえる。 また、シンガポールでは、定年は62歳と定められているが[図表 3 ]、事業主は条件を満たす従業員には67歳までの再雇用を提供する必要があり、実際に希望者の98%が再雇用されている。企業は従業員が一定年齢に到達したことを事由に給与を減額することは禁止されているため、役職定年制のような仕組みは導入していない。ただし、定年再雇用の契約において減額された給与を従業員に提示することは認められている。
資料出所:ウイリス・タワーズ ワトソン調べ(2019年)
このように、定年を含む高齢者雇用の考え方や制度は国ごとに大きく異なる。日本も今後どのような展開となるか定かではないが、中長期的にはエイジフリー(年齢によらない人事管理)の方向性となっていく可能性は小さくない。このような観点も含めて、役職定年制の導入の要否や導入する場合の制度の在り方について検討することが有効と思われる。
役職定年制の導入や見直しを検討する多くの企業が、その他の選択肢として掲げる仕組みに役職任期制がある。役職に滞留可能な上限年齢を定める役職定年制に対して、役職任期制は役職に在任可能な期間を設定するものである[図表 4 ]。
役職定年制 | 役職任期制 | |
---|---|---|
基準 | 年齢 例:課長55歳 部長58歳 |
減役職での在任期間 例:3年 |
再任 | 原則なし | 適任と認められれば再任あり |
ポスト固定化の可能性 | 原則としてポストは固定化されない | 運用によってはポストが固定化される懸念あり |
例えば、 3 年程度の在任期間を設け、満了するごとに現任者と新たに当該役職に就任し得る候補者とを比較し、最適な人材が任用されるという仕組みである。現任者も適性が高く認められれば再任を可能とすることが、一般的な運用方法である。 年齢という自助努力で回避できない事由に基づき任を解かれるというのは、役職者にとって納得いかない面もあるだろうが、役職任期制は自身のパフォーマンスが認められれば高年齢であっても引き続き当該役職を務めることができるため、従業員にとって魅力的な仕組みといえる。ただし、現任者が極めて優秀であったり、ポストの固定化が進んでいたりすると、実質的に役職任期制が機能しないこともあり得るため、機械的に役職者を入れ替える役職定年制のほうがフィットするという企業もあるだろう。役職定年制と役職任期制の双方の機能や、自社で導入した際にどのような運用となるか、また、どのような課題が現れ得るかを十分に検討した上で、最適な制度を選択することが重要である。
*本稿は「労政時報」第4018号(21.7.23)[労務行政刊]への寄稿『実務解説 役職定年制導入・改廃の実務』からの抜粋です。
日系コンサルティングファーム・外資系PRエージェンシー等を経てWTW入社。従業員コミュニケーションやチェンジマネジメント、各種人事施策の企画に関するコンサルティングに従事。主な著書『M&Aシナジーを実現するPMI−事業統合を成功へ導く人材マネジメントの実践』(共著、東洋経済新報社)。京都大学法学部卒業。