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特集、論稿、出版物 | 人事コンサルティング ニュースレター

会社を強くする人材多様化のすすめ:採用よりも前に取り組む意識改革のポイント

執筆者 堀之内 俊也 | 2022年3月8日

コーポレートガバナンス・コードの改訂指針にも盛り込まれた「中核人材における多様性の確保」は、その重要性は理解していても、実際には中途採用を少し増やしてみたり、外部から経営人材を招聘したりといった、通り一遍の対応しか実行できていない、という会社も少なくない。そこで本稿では、人材多様化で会社を強くするために、採用よりも前に取り組みたい意識改革のポイントを解説する。
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東証の市場再編やコーポレートガバナンス・コードの改訂が意味すること

東京証券取引所の市場再編が目前に迫っている。国際取引所連合(WFE)の統計によれば、2020年12月末時点の各国国内株式市場規模の比較では、東京証券取引所全体の時価総額は約6.72兆ドルと、引き続き世界第4位の規模にはあるものの、成長を続ける上海証券取引所(SSE)には抜かれ、ニューヨーク証券取引所(NYSE)の約1/4、NASDAQの約1/3を少し上回る程度の規模にとどまっている。今回の市場再編は、日本市場の国際的な重要性の低下に対する危機感を背景として、東証を再び海外からの積極的な投資を呼び込める市場とするよう予定されていることは、一般にもよく知られていることだろう。

こうした市場再編の動きとあわせて、各々の企業が自発的に企業価値の向上を目指すように、企業統治の仕組みの見直しも進んでいる。金融庁と東京証券取引所が2021年6月に改訂した「コーポレートガバナンス・コード」では、会社の持続的な成長と中長期的な企業価値の向上に寄与するような実効的な企業統治の実現が求められているが、その主要な改訂指針の1つに「企業の中核人材における多様性の確保」が盛り込まれた。このことは、会社の持続的な成長には多様な人材が今以上に必要不可欠だと指摘されていることを意味しており、企業人事の観点からは重い意味を持つと言えるだろう。

コーポレートガバナンス・コードや企業統治に関しての考察は他の論説に譲ることとして、本稿ではその中で示された「中核人材における多様性の確保」について、これが今なぜ必要とされているか、実現には何が必要か、について、少し掘り下げて考えてみることにしたい。

「全員一律型」処遇の限界

おそらく世間一般に最も浸透した国際目標の一つであろうSDGs(持続可能な開発目標)にも、その根底には多様性の尊重があるように、最近は様々な分野で「多様性」が求められるようになっている。これは、裏を返せば現在の状態が多様性に欠けることを示唆している。
前述のコーポレートガバナンス・コードで示されているのは、女性・外国人・中途採用者の管理職への登用等、中核人材の登用に関する考え方と測定可能な目標を示すとともに状況を開示することであるが、これらを具体的に列挙して示さなければならないほど、日本企業で人材の多様化が進まないのはなぜだろうか。それは、わが国で1960年代に確立された、新卒正社員の一括採用を前提とする「全員一律型」処遇の影響がその根底にあることは間違いないだろう。

最も安定的かつ安価に労働力を調達できる新卒時期の正社員一括採用を前提に、同等の処遇を付与しながらその企業にカスタマイズした人材として育て上げ、定年まで雇用する「全員一律型」処遇モデルは、その後の日本の高度成長を強力に支えてきたことには疑いの余地はない。しかしながらその成功体験が大き過ぎたために、バブル経済崩壊以降の「失われた30年」を通じて、経済環境の変動や市場ニーズ・ビジネスモデルの変化・多様化など、ゲームのルールが変わったことへの対応が遅れ、様々な機会損失を生むこととなった。さらには、既存のビジネスモデルを変えないまま、正社員の雇用と処遇を維持するために、正社員よりも処遇を抑制した非正規雇用社員の割合を高めるような企業行動にもつながった。結果として、日本の平均賃金の推移は、OECDの統計によれば1990年からの30年間でわずか4.4%(年率換算では0.14%)の上昇にとどまることとなっている。

「現状維持」の呪縛からの脱却

これだけの長期間、日本が国際競争から遅れを取り続けても大きく変わることなく今日まで至っているのは、「新卒正社員で立派な会社に勤める」「一つの会社を定年まで勤め上げる」ことが最も良いことである、という価値観が社会全体に根強く残っていることとも決して無関係ではないだろう。もちろん、これらの考えを全面的に否定する必要は全くない。問題なのは、全員がこれを目指すことを良しとしていた頃の旧来の仕組みを、疑いもなく維持しようとする「現状維持」への同調圧力が働き続けていることである。

最近では、日本経済を再び成長させるためのアイデアとして、20代・30代の若年層に対し、定年を45歳に引き下げるなどしてキャリアチェンジへ向けて自身の市場価値を早期に高める意識を持たせてはどうか、と問いかけたサントリーホールディングスの新浪剛史社長の発言が話題となったが、こうした建設的な提言でさえ「45歳定年制」のように言葉の一部を切り取られ、「60歳定年まで働く労働者の権利を奪うなど言語道断」「転職できる人など限られている」「弱者切り捨て」「日本の労働市場は早期退職者を受け入れる条件が整備されていない」等々、頭ごなしに散々叩かれたことは世間の記憶にも新しいところだろう。このことからもわかるように、この「現状維持」への同調圧力は、現状を変えようとする会社や個人の判断や行動を鈍らせ、引いては労働市場全体の流動性を低下させる原因の一つとなっているのである。

しかしながら、わが国全体の生産年齢人口が減少していく中で、私たちに残された時間はあまり多くはない。例えば、IoT、AI、ロボテック、ナノテクノロジー、VR/XRなどの技術に代表されるDXは、人々の生活を支える社会インフラの一部となりつつあり、今後も高度化・多様化による大幅なニーズ拡大が見込まれる最も有望な事業分野の一つと考えられているが、経済産業省の予測では、日本でその中核を担うIT人材の不足は2030年には約79万人に達すると見込まれている。既存のIT企業内人材のリスキリングによる追加投入などが急がれているのはもちろんのことであるが、それでも成長する事業分野に必要な人材をタイムリーに投入していくには限界があり、社会全体から見ても、人材の流動性を高めることは喫緊の課題である。急速に進化を続ける世界に遅れを取ることなく、これ以上の機会損失を生まないようにするには、私たちは今度こそ「現状維持」の呪縛から脱却し、価値観の多様化・人材の多様化による生産性の向上に舵を取るべき時であろう。

人材の多様化へ向けて 意識改革を促す2つのポイント

人材の多様化による強い組織は、既存の社員と新たに加わる社員との相乗効果が生まれることによってはじめて実現できる。したがって、まず最初に着手すべきなのは、新たに加わる社員を迎える準備としての、既存の社員の意識改革による価値観の多様化である。
新卒で正社員として入社して定年まで勤める人材が会社の中核を担うことが相応しい、という暗黙の合意は、今や各社の企業文化の域まで達している。企業文化とは明文化されていなくても社員の意識の中で共有されているような、実体を持たない存在であるため、これを刷新することは容易ではない。加えて、社会的にもこれを肯定するような価値観が支配的な中ではなおさらのことである。会社を多様な人材が活躍できる場へと変革するためには、経営層の強いリーダーシップの下、社員個々の意識改革を促すような施策を実施するとともに、会社の価値観の基準が変わることをわかりやすいメッセージで伝える努力が必要となるだろう。この場合、社員をはじめ社内外へ明示すべき施策のポイントとしては、以下の2点に集約される。

  1. すべての仕事を対象として、職責・職務と処遇の関係を再定義する
  2. 雇用形態や勤続年数の経過など、職責・職務以外の要素で有利・不利が生じない処遇とする

具体的には、次のような取り組みが考えられる。

1. すべての仕事を対象として、職責・職務と処遇の関係を再定義する
この意識改革の要は、正社員を中心として構築されている現在の社内ヒエラルキーを一旦ご破算にし、雇用形態や勤続年数を問わず、同じ貢献に対しては同じ基準に基づいて対価を支払うという、新しい価値観を会社全体に新たに浸透させることにある。そのためには、正社員の処遇だけをいくら見直しても解決にはならない。多くの会社で正社員の補助的役割と位置付けられている契約社員・派遣社員や、正社員と同等かそれ以上の専門的な職務は任せられているものの、マネジメント職務からは遠ざけられている「助っ人」的位置付けのプロフェッショナル社員、定年後再雇用制度の適用を受けて働く嘱託社員などまで含めて、同じコミットメントを求めるすべての社員を例外なく対象とする必要があるだろう。これらの社員が取り組むすべての仕事を一度棚卸しし、既存の枠組みにとらわれることなく、職責・職務と処遇をセットで、社員・契約社員などの雇用形態とは中立に再定義することによって、同じ貢献に対しては同じ基準の下で対価を支払う、という姿勢を明示することができる。(職務には職責という意味合いも含まれるが、ここでは明確化のため外出しで表記する)

この場合、処遇設定の基準となるのは職責・職務である。職責・職務が明確にされるとともに、正社員・全員一律などの束縛が無くなることで、処遇内容や水準に関しては職種などのグループごとに分化していくことが自然である。また、一部の希少価値を持つスキルを有する人材の中には兼業やフリーランスなどで働く人々も珍しく無くなっている。こうした外部人材への業務委託も広義の雇用形態の一つとして位置付け、守秘義務契約等、セキュリティを考慮した契約面の整備などを並行して進めると良いだろう。
なお、世の中では「ジョブ型雇用」vs「メンバーシップ型雇用」のように、これらを対立軸とした議論が引き続き盛んであるが、どちらのシステムがより優れているか、の議論にはあまり実効性はないように思われる。現状の問題点は、そのシステムの差というよりも、「メンバーシップ」の内側の人たち(既存の正社員)だけでは市場環境の変化に対応しつつ事業の成長を支えていくことが難しくなっていることにある。このため、「メンバーシップ」の外側の人たちまで含めて雇用形態や勤続年数を超えた総力を結集する仕組みが必要とされているのであり、同じコミットメントを求めるすべての人材を同じ基準で処遇するには、職責・職務の大きさや重さである「ジョブ」を基準とするしかない、というだけのことである。ここにそれ以上の意味を持たせる必要はないだろう。

非正規雇用社員の処遇が抑制されてきたこれまでの経緯を考慮すると、「ジョブ」を基準にフェアな処遇を実現することにより、「メンバーシップ」の外側の人たちの処遇が引き上げられる可能性は高い。その結果、コスト増加等により仮に事業継続が困難になるようなことがあるとすれば、それは自社がその事業を継続することの意義が問われていると認識する必要がある。事業プロセスの抜本的な見直しまで含め、事業継続の意義を再考すべき時だろう。

2. 雇用形態や雇用形態や勤続年数の経過など、職責・職務以外の要素で有利・不利が生じない処遇とする
もう一つの意識改革のポイントとしては、雇用形態や勤続年数の経過など、職責・職務以外の要素で有利・不利が生じるような仕組みを排することである。こうした有利・不利が生じやすい代表的な処遇としては、年功制賃金と共に、貢献の対価を後払いすることで正社員に長期勤続を動機付けてきた退職金・年金が挙げられる。

退職金・年金のうち、企業年金には、老後の所得保障の一部として公的年金を補完する役割が期待されていることから、税制上の優遇を受ける代わりに、法令上、一定年齢以降の年金受給開始などが義務付けられており、この設定は変えることができない。したがって、それ以外の部分で雇用形態の差や勤続年数の経過に対して中立な、有利不利が生じない設計へと改定すると良いだろう。具体的には、正社員など一部の雇用形態に限定している付与対象範囲の拡大や、一定年齢の到達や勤続年数の長期化に対しより多くの対価を支払う「年齢・勤続年数優遇型」から、毎年の貢献の対価の一部をそのまま積み上げていく「即時精算積立型」への設計変更などが考えられる。また、社員の入社・退社の意思決定に際して阻害要因となることなく、できる限り中立となるよう、退職金・年金を積み立てたまま、会社間での持ち運びが可能な確定拠出年金制度への移行や、退職時まで据え置かずに給与に上乗せして支給する、退職金前払い制度との選択制の導入なども検討できるだろう。

退職金・年金の見直しに際しては、定年年齢の位置付けに関しても再確認しておく必要がある。日本では法令上、60歳を下回る定年年齢を設定することは禁止されており、若年層の動機付けのためにこれを引き下げるような施策は取ることができない。加えて、少子高齢化の進展を背景に、70歳までの就業機会の確保が新たに努力義務とされる等、社会的にはむしろ定年年齢の引き上げが要請されているところである。したがって、取り得る策としては「定年年齢を設定する(但し、長期勤続を優遇はしない)」か、もしくは「定年年齢を廃止する」のいずれかである。また、高年齢者雇用安定法の要請に基づいて実施される定年後再雇用制度については、前項で触れたようにすべての仕事の棚卸しの対象に含めて整理し、必要に応じた改定を進めることになると思われる。

退職金・年金の他に職責・職務以外の要素で有利・不利が生じやすい処遇としては、福利厚生の諸制度が挙げられる。これらは正社員の特権のような形で設けられることも少なくなかったことから、見直しの余地が多くあることだろう。福利厚生はもともと企業・組織に所属した者が等しく報われる「所属の対価」であり、正社員などに限定されている付与対象範囲を拡大することにより、対象者全員に「所属することによる安心感・幸福感」「職場の連帯感」などをもたらすことが期待される。雇用形態や勤続年数を超えた総力を結集する仕組みを必要とする今回の意識改革においては、重要な処遇の一つにもなり得るだろう。

おわりに

新型コロナウィルス感染症の感染拡大は、わが国にも多大な人的被害・経済的損害をもたらすこととなったが、一方で時間や場所を問わない働き方の許容・推奨へとつながり、結果として「働き方改革」で目指した施策のいくつかの普及を促進した。このことは、変化を受け入れにくい社会でも、何かのきっかけさえつかめれば、現状を大きく変えることができることを示している。

コロナ後を見据えて世界中が新たなルールを模索しながら動き出そうとしている今こそ、日本企業にとって「失われた30年」を終わらせる千載一遇のチャンスだろう。本稿では価値観の多様化・人材の多様化に論点を絞っているが、これに限らず、多くの会社が現状維持の呪縛から抜け出して変化を生み出すことにより、各々の企業価値の向上や、東証の国際的重要性の復権が早期に実現されることを期待したい。

執筆者


ディレクター
リタイアメント部門

トータルリワードの視点に基づいた人事処遇・報酬・退職給付制度の総合改革支援を中心に、30年を超えるコンサルティング実践経験を持つ。加えて、M&AデューデリジェンスやPMIなどのプロジェクト領域における豊富な経験を有する。年金数理人。日本アクチュアリー会正会員。日本証券アナリスト協会検定会員。


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