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会社役員のリスクと会社役員賠償責任保険(D&O保険)の支払限度額の検証

執筆者 山本 潔 | 2022年4月19日

本年3月の株主代表訴訟の東京地裁の判決では被告役員に18億円強の賠償を命じるもので、法令違反について、厳しい判断がなされました。一方、会社法改正によるD&O保険の開示は、株主代表訴訟が増加する可能性につながりかねない懸念もあり、D&O保険の支払い限度額の検証は一層重要となります。
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2022年3月28日、東証一部上場建設会社S社が、価格カルテルを行い、約29億円の課徴金を支払ったことについて、その役員の責任が追及された株主代表訴訟において、東京地裁は、被告の現・旧役員4名に対して、最大約18億3,000万円の支払いを命じる判決をくだしました。

いわゆる談合、カルテルといった独占禁止法をはじめとする法令違反が契機となる株主代表訴訟事案では、役員自身が直接不正を行っていなくとも、判決に至らず、役員が和解金を支払う形で終結しているケースも多く見受けられます。この場合、役員個人が負担することを前提としているため、和解金は請求額に対して満額ではなく、大きく減額される傾向があります。今回のケースでは、和解ではなく判決まで至ったこと、賠償金額が比較的高額に及んでいることで、被告役員がカルテルの存在を知っていたかどうか等、判決文等で事実関係が今後より具体的に判明することもあろうかと思われます。

独禁法違反によって、公正取引委員会等から課徴金の支払い命令を受けた場合の会社の損失は数億から百億円以上、また、米国司法省等の海外の規制当局からの法令違反による課徴金は、時には数百億から数千億円規模で支払いを命じられることもあります。従来、このような大きな損失を会社が被ったとしても、代表訴訟に至るケースは限定的と言われていました。これは、日本では米国のような裁判における開示(Discovery)制度がなく、役員の責任を立証することが難しいこと、更には個人に賠償を求めて、巨額の賠償命令が出たとしても、実際には賠償金の全額を会社に支払うことができないためと考えられていました。

しかしながら、このような状況は今後変わる可能性があると考えます。独禁法違反で課徴金を命ぜられた場合には、事実関係が刑事事件や課徴金納付命令審決等で明らかにされることが多く、原告株主としては訴訟追行が比較的容易なケースもあるものと思われます。また、昨今、企業の社会的責任が大きくクローズアップされてきており、企業の法令順守(コンプライアンス)が極めて重要と考えられてきていることから、役員ではなくとも、従業員が法令違反を行っていたという事実は、コンプライアンス態勢を役員が確立できていなかったとする「内部体制構築義務違反」という善管注意義務違反が認められる場面も多くなるものと思われます。

また、役員の賠償資力の問題についても、変化が起きる可能性が懸念されています。2021年3月に施行された改正会社法において、上場企業の事業報告書上でのD&O保険の開示が義務付けられました。会社が被った損失を、株主代表訴訟によって、間接的にD&O保険の保険金で補てんするという動きが出てくるのではないか、というものです。

このような国内の状況の一方、海外のリスクに目を向けると、D&O保険の支払い事案で金額も件数も多いものとして、当局からの調査が挙げられます。例えば、米国での独禁法や贈賄防止法関連の事案では、米国司法省が役員個人を調査対象とすることが頻繁に行われています。この場合、役員個人が弁護士に相談する費用、いわゆる調査対応費用がD&O保険の支払対象になります。役員個人に対する調査が開始されると、将来の刑事訴追に備えて、利益相反を避けるために、各役員が別々の弁護士を起用することも多いこと、また当局調査はかなりの長期間に及ぶこともあり、巨額な弁護士費用の支払いにつながるケースもあります。

また、米国外国公務員腐敗防止法(The Foreign Corrupt Practices Act: FCPA)に関する当局からの調査も大きなリスクの一つとなっています。FCPAは社員だけでなく、現地の外部コンサルタントが現地公務員に贈賄を行った場合にも適用され、場合によっては日本本社の役員も調査対象となります。米国子会社が関与した海外の公務員への贈賄による日本企業のFCPA事案では、子会社だけでなく、日本の親会社にも高額の課徴金が課されたケースもあり、十分な注意が必要になると思われます。D&O保険では、役員に対する調査対応の弁護士費用の補償がある一方、FCPAの制裁金自体はD&O保険の支払対象にはなりません。しかし、FCPA違反により会社が巨額の制裁金を支払った後に、その損失は役員の内部管理体制構築義務違反である、という代表訴訟が提起された場合、その賠償金は保険の補償対象となる可能性があります。

このような流れの中で、D&O保険の支払限度額の設定については、会社のリスクを十分に考えて検討することがますます必要になってくるものと思われます。

D&O保険の支払限度額はいくらが適切なのか、という疑問は多くの企業がお持ちです。以前は東京証券取引所の一部上場であれば10億円程度、JASDAQ上場で5億円程度とも言われていました。しかし、業種や事業内容によってリスクが大きく異なっていることや、2016年に保険料の全額の会社負担が可能となる手続きが国税庁から公表されたことで、支払限度額を積み増している会社も相当数あり、現在では、あまり有意な基準とは言い難くなってきていると考えられています。

そのため、支払限度額をいくらに設定するべきかについて、様々な手法を使って多面的に検証するということが、広まりつつあります。

例えば、業界として同様のリスクを持つ同業他社等との比較や会社の規模に応じた他社比較等を行うことも検証の有力な手法となります。また、一定のリスク・モデリングに基づく、数理的な想定損失額に基づく検証方法や、自社固有のリスクに基づいて想定し得る事故シナリオにより算出された損失額に基づくものもあります。特に前述の課徴金のリスクはどのような行為が課徴金の発生の原因となっているかを自社のビジネス環境から具体的に想定することのできる有力な手法と考えます。

支払限度額の検証には子会社役員も被保険者に含めるか、という被保険者の範囲や金商法等により、会社が提訴された時の補償のリスクを考慮に入れるか否か等を加味することや昨年の会社法改正でD&O保険と同様に新設された会社補償制度との整合性等、様々な角度から検証を行うことが重要となってきているといえます。

執筆者


P&Cスペシャリティーズ ディビジョン・ディレクター 兼 FINEXユニット・プラクティス・リーダー
Corporate Risk and Broking

1998年から、外資系保険会社(Chubb及びAIG)でD&O保険を始めとする経営保険部門の引受責任者を歴任。本邦金融機関及び事業会社の大規模なD&O保険プログラムの組成に従事。特にグローバル企業の案件で豊富な実績を有する。


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