COVID-19に伴う職場環境の変化は、社員の視点を大きく変えました。リモートワークや(リモートワークとオフィス勤務を組み合わせる)ハイブリッドワークが広がる中で、公と私をリアルタイムに両立させるという生活を多くの社員が経験しました。パンデミックの終息後も社員がリモートワークを続けるにせよ、ハイブリッドワークに移行するにせよ、あるいはフルタイムでオフィスに戻るにせよ、仕事と仕事以外の生活を同じ時間と場で両立したという経験は強烈なものであり、このような新しい現実をサポートしてくれる雇用主を社員は強く求めています。
こうした変化の中、会社が社員に提供する従業員体験(EX: エンプロイー・エクスペリエンス)に何が求められるのでしょうか。会社にとっては、上司と従業員の関係や、昇進の機会、同僚とのつながり、魅力的な報酬といった従来からいわれているEXの領域を超えて、プライベートも含めた社員の体験についてより広く考える必要が生まれます。具体的には、社員の心身の健康や経済的な豊かさ、そして家族関係までもサポートするという、より広い視野でEXを捉えることが求められます。
例えば高齢の親を介護することや、心の病と闘うこと、大学の学費を工面することなどは、厳密に言えば“会社で働く中で社員が経験すること”という狭義の意味でのEXには含まれません。しかし、これらは社員の仕事に向き合う姿勢や意欲に強く影響するものであり、賢明な企業はこうした課題を抱える社員をどのようにサポートできるか考え、有効な施策を展開しています。
年老いた親の介護を考えてみましょう。高齢の親を介護することは、中堅社員にとって一般的な課題ですが、親の介護を支援するために会社が社員にできることは、公式な人事制度以外にも多くあります。たとえば、本人が柔軟な業務スケジュールを設定して業務を進められる環境を提供したり、仕事の負荷を調整したりすることは、上司の裁量によって実現可能です。こうした取り組みは、課題を抱える社員にとって魅力的というだけでなく、実は業績にも直結するものです。
当社が今年に約1万人の社会人を対象に実施した調査では、給料日前の生活による経済的ストレスは、孤独感や不安感の増大だけでなく、生産性の低下とも関連することが示されました。さらに、会社の福利厚生プログラムをより好意的に評価している社員は、より生産的かつ積極的に業務に取り組んでいることがわかりました。
社員や求職者から「選ばれる雇用主」になるために、会社は単に競争力のある報酬や能力開発の機会、健全な社風を提供するだけでは不十分です。新しい時代では、私的な体験をも含めたポジティブなEXを提供する必要があるのです。実際に、新しい従業員体験やそこに含まれるウェルビーイングを重視する企業が近年確実に増加しています。
一方で、残念ながら昨今提供されている従業員調査の多くは、エンゲージメントやリーダーシップ、上司のマネジメントの良し悪しといった、現状の職場に関するテーマ、即ち旧来型の従業員体験の内容に終始しています。従業員体験の新しい定義が“職場外での私的な体験も含むもの”であることを踏まえると、より広範な領域について社員の声を収集することが求められます。これに合わせ、社員の意見や見解を収集する手法もまた、最適なものに見直さなくてはいけないかもしれません。例えば、選択式のアンケートや従業員意識調査では浮かんでこない社員のニーズを把握するため、定性的な社員の生の声をできるだけ多く収集することが有効です(WTWではこのような社員の声を効率的に収集・分析可能なバーチャルフォーカスグループを提供しています)。
組織を成功に導くリーダーは、新しい従業員体験の重要性を深く認識し、自身が行うすべての活動において、部下や周囲のEXの最大化を実現できる人材といえます。このようなリーダーが新しい従業員体験を部下・周囲に提供するために行う様々な取り組みは、社員の仕事内外での生活を向上させるだけでなく、彼らのエンゲージメントとビジネスパフォーマンスを向上させるでしょう。リーダー・上司にこのような役割を付与し、その効果的な発揮に向け研修や情報提供等の形で彼らを支援することも、新しい従業員体験の実現に向けた会社の有効な施策となります。
※ 本記事は、WTWの海外に在籍するコンサルタントにより執筆された記事を和訳し、日本のコンサルタントによる見解を追加したものです。
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日系コンサルティングファーム・外資系PRエージェンシー等を経てWTW入社。従業員コミュニケーションやチェンジマネジメント、各種人事施策の企画に関するコンサルティングに従事。主な著書『M&Aシナジーを実現するPMI−事業統合を成功へ導く人材マネジメントの実践』(共著、東洋経済新報社)。京都大学法学部卒業。