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特集、論稿、出版物 | 企業リスク&リスクマネジメント ニュースレター

地政学リスクの定量評価とポリティカルリスク・マネジメント

執筆者 北代 泰久 | 2023年10月17日

特に新興国に海外展開する多くの日本企業にとって、ミャンマーのクーデターやロシアによるウクライナ侵攻は、従来不可抗力として受動的対応で済まされた地政学リスクをより能動的に対応すべき事業リスクとして見直すきっかけとなりました。本来起きえないとされていたこれらの非常危険が顕在化した現在、株主やレンダーを含むステークホルダーとのより綿密なインベスター・リレーション(IR)が要請され始めました。本稿では従来困難とされていた地政学リスクの定量評価に基づく、企業のリスクマネジメント視点から検証します。
Corporate Risk Tools and Technology|Environmental Risks
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1. 地政学リスクの現状とトレンド

WTWが毎年実施する地政学リスクに積極的に取り組むグローバル企業へのアンケート最新版によれば、その48%が2022年から2023年にかけ何らかの経済的損失をブラジル・ロシア・インド・中国関連の所謂BRIC取引と投資で生じたと回答しています。

注目すべきは、本年度と昨年度のトップ5にそれぞれ本来地政学リスクが低いと信じられる英国と米国が経済的損失の起因国として挙がっている事です。これらの損失は米国と英国以外に本社を置く米系・英系の国際企業が、母国の第三国(中国やロシア)に対する制裁措置(サンクション)により被ったものであり、地政学リスクが必ずしも新興国のみに起因する訳ではないことを示唆しています。

また、アンケート協力企業の業種内訳は以下の通り多種多様ですが、回答者の86%は今後地政学リスクが引き続き高まると予想しており、その54%は後述のポリティカルリスク保険を購入済みで、全ての回答者がロシアによるウクライナ侵攻の悪影響が明らかになった2022年以降、保険活用も視野に入れたポリティカルリスク・マネジメントを重視していると回答しています。

これらのグローバル企業が活用しているポリティカルリスク保険とは、海外企業との取引や投融資への現地(含む地方)政府の干渉、外国政府や国営企業による債務不履行、戦争・テロ・暴動等の治安リスク、及び為替兌換制限や海外送金不能等の政治的不可抗力(ポリティカルフォースマジュール)に起因して本邦企業が被る損失を補償するテーラーメード型損害保険の一種です。(以下の主な補償内容参照)

接収、収用、国有化
Confiscation, Expropriation, Nationalisation

投資株式や固定資産、或いは借入法人の接収、または

相手国政府の法令等に基づく収用や国有化。

強奪
Deprivation

投資家が海外で所有する動産の相手国政府による

輸出拒否、または輸出許可の取り消し。

強制的剥奪
Forced Divestiture

自国政府による対外制裁措置の一環として相手国

所在の海外投資資産の放棄を強要。

選択的差別
Selective Discrimination

相手国政府による外国特定企業・業界に限った法令や

命令による投融資完全撤退。

強制的放棄
Forced Abandonment

戦争/政治的暴力(含むそのの脅威) 勃発のため相

手国政府より強制退去や施設へのアクセス拒否を命じ

られた事による投融資資産の放棄。

輸出禁止
Export Embargo

外国で生産・保管するから完成品や在庫の当該外国

政府による輸出禁止措置。

契約不履行
Breach of Contract/Concession

相手国政府や国営企業による契約違反(注:被保険

者に有利な仲裁裁定結果に反した国営企業の不履

行、或いは相手国政府による妨害が要件)。

ライセンスの取り消し撤回
Licence Cancellation / Revocation

資産/プロジェクトまたは事業の運営に必要なライセンス等

の相手国政府等による取り消し。

戦争
War

戦争(注:中国、イギリス、フランス、ロシア及び米国間は

除く)または内戦の結果として生じた物理的損害、或い

はそれに起因する融資返済不能。

政治的暴力 (テロを含む)
Political Violence (including Terrorism)

反乱、テロ、暴動、(政治的動機に拠る)ストライキ、国

内動乱または騒じょうの結果として生じる物理的損害、或

いはそれに起因する融資返済不能。

事業中断
Business Interruption

戦争や政治的暴力の結果として生じた物理的損害に

起因する逸失利益や臨時費用等の間接損害

(注:金銭・金融債権は除く)。

為替交換の制限・送金不能
Currency Inconvertibility/Exchange transfer

相手国政府の停止・延期措置による現地通貨のハードカレン

シーへの為替交換制限、或いはハードカレンシーの国外送金

不能による損害

今回のアンケート協力企業を含む、過去5年間のアンケート協力企業が実際に被った保険事故の以下データは、ほぼすべての保険対象地政学リスク(ポリティカルリスク)が上昇トレンドにあることを裏付けています。

注記)

  • Expropriation or creeping expropriation = 接収/収用/国有化や忍び寄る収容・権利侵害
  • Political Violence or forced abandonment = 政治的暴動・圧力や強制的放棄
  • Currency transfer or invertibility = 通貨の送金不能や為替兌換制限
  • Sovereign non-payment or contract frustration = 相手国政府や国営企業の債務不履行
  • Trade sanctions or import/export embargo = 自国政府の対外制裁措置による海外資産放棄や外国政府による輸出入制限

2. VAPORによるポリティカルリスク定量評価

ポリティカルリスクに限らず定量化できない(少なくとも可視化できない)リスクのマネジメント(管理)は困難です。WTWでは、過去30年を超えるポリティカルリスク保険の支払保険金データを基に、英国の地政学リスク専門コンサルティング会社Oxford Analytica社と、ポリティカルリスク定量評価モデルValue at Political Risk(VAPOR)を共同開発しました。

VAPORはポリティカルリスク保険が対象とする権利侵害や送金不能等の5つの対象エクスポージャー(例:海外投融資残高や資産の簿価,etc.)を14規定業種毎に入力する事により、分析アルゴリズムに従い*期待損失(EL: Expected Loss)と*最大予想損失(PML: Probable Maximum Loss)を算出します。

3.ポリティカルリスクのポートフォリオマネジメント

現行海外子会社ごとの純投資額、資産データや予想配当額等を基に解析したVAPORアウトプットの期待損失(リスクコスト)と最大予想損失(バリューアットリスク)により、例えば以下の様なポリティカルリスクのポートフォリオマネジメントに役立てることができます。

  1. リスクマップによる全体リスクの可視化と優先取り組みリスクの特定
  2. 海外事業ごとのリスクコストの確認 & ストレスを付加したシナリオ分析
  3. VAPORに定量評価した期待損失を入力データの国とポリティカルリスク毎に、縦軸に影響度、横軸に頻度として対数表記した、ポリティカルリスクの全体像を可視化すると共に、事業ポートフォリオ中の要優先対策リスクを示唆するリスクマップ。
    図6:VAPORアウトプットのポリティカルリスクマップのサンプル
  4. リスク超過確率によるリスクファイナンス(リスク保有とリスク転嫁割合の判断)
  5. VAPORに定量評価した期待損失をその大きい事業と国ごとに列挙した(ポリティカルリスクマップの元アウトプットデータ。更に日中関係の悪化、中東での戦争勃発や新興国のデフォルトによる影響等の一定のシナリオによる影響を付加したストレステストによる期待損失を表記。
    図7:VAPORアウトプットの期待損失とシナリオ分析表のサンプル

VAPORとポリティカルリスク保険により、不慮の経済的損失からのバランスシート保護と特定国や地域への集積リスク管理のみならず、ポリティカルリスクの相対的に高い国々への投資リスクを平準化する事が可能となります。ポリティカルリスク事故件数が直近3年で2.5倍と急増する中、ポリティカルリスクの定量評価とその結果に基づくポリティカルリスクのポートフォリオリスクマネジメントをご検討の際は、どうぞお気軽に下記担当者までご相談下さい。

2019-2023年度にPRI保険事故(保険金請求)を経験したと回答したアンケート協力者の割合の推移を各年度に表記。一貫して増加傾向にあり2019-2020度から2022-2023年度にかけ150% (2.5倍)超増加。
図8:過去4年間のアンケート回答者によるポリティカルリスク保険事故経験割合の推移

Note: all respondents; for 2020, n=41; for 2021, n=33; for 2022, n=44; for 2023, n=50

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