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日本の企業年金の報告・開示要件の将来と米国・英国の年金からの示唆

執筆者 ギヨ ニコラ | 2024年2月13日

日本政府と金融庁は、確定給付企業年金(DB)や確定拠出年金(DC)など企業年金の報告・開示要件の強化を目指しています。新しいルールの策定にあたっては、包括的な年金報告・開示制度をすでに実施している国の事例なども活用することができるでしょう。この記事では、日本、米国、英国の年金報告および開示基準の違いをいくつか取り上げます。
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日本政府と金融庁は、日本の資産運用セクターを強化し、年金ガバナンスと透明性を向上させるため、確定給付型年金(DB)と確定拠出年金(DC)の年金報告・開示基準の強化を検討しています。

新しいルールの詳細はまだ準備が整っていませんが、本稿では、非常に包括的な報告と開示制度があると考えられている米国、英国の2つの国と日本の間にある、年金の報告と開示の要件の違いをいくつか紹介します。ここでは、プランスポンサーまたはトラスティ(年金基金)に課せられる制度レベルの要件に焦点を置いて述べます。

一般に公開されている情報

日本と、米国、英国では、年金の報告と開示の要件に関していくつかの違いがあります。根本的な違いの一つは、プランスポンサー (またはプラン管理者)が、企業年金について一般に公開する必要がある情報のレベルです。日本では、企業年金に関する情報を一般に公開する必要はありませんが、米国と英国では、企業年金のプランスポンサーまたは受託者は、公開データベースや公開されているウェブサイトなどを通じて、年金制度に関する特定の情報を公開する必要があります。

米国と英国における情報開示は、強固な年金ガバナンスと投資の基盤の一つです。透明性を通じて信頼を築き、潜在的な利益相反を軽減するのに役立ちます。これにより、プランスポンサーと受託者は、企業年金が所定の基準に従って運用および管理されていることを確認する必要があります。また、企業年金のすべての関係者が、企業年金のパフォーマンスを正確に評価するために必要なデータを得ることができます。

米国:Form 5500 データベース

米国では、DCおよびDBプランのスポンサーは、Form 5500を毎年提出する必要があります。Form 5500は、従業員退職所得保障法(ERISA)および内国歳入法に基づく年次報告および開示要件を満たすもので、企業年金の制度運営、積立(掛金拠出)、年金資産、投資に関する有用で詳細な情報を幅広くカバーしています。Form 5500は一般公開の文書であり、米国労働省のウェブサイトから誰でもアクセスできます。

Form 5500のデータベースを検索すると、例えば、2022年のTOYOTA MOTOR NORTH AMERICA, INC.は、フィデリティ・インベストメンツが運営する確定拠出年金を米国で保有しており、約45,000人の参加者と約100億米ドルの資産があることがわかります。 このプランのForm 5500は170ページあり、制度に関する幅広いデータをカバーしています。

英国:公開ウェブサイトによる開示

英国では、DBおよびDCプランの受託者は、プランに関するガバナンスおよび投資情報を、無料かつ一般にアクセス可能なWebサイトで公開する必要があります。これには、プランの投資原則書(SIP: Statement of Investment Principle)、プランの実施声明 (Implementation Statement)、およびの気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD: Taskforce on Climate-related Financial Disclosures)報告書が含まれます。次の表に、要件の概要を示します。

英国の企業年金における一般への情報開示要件の概要
図1:英国の企業年金における一般への情報開示要件の概要
プランタイプ[1] 公開が必要な情報 公開時期
DBおよびDCプラン プランの投資原則(SIP)の声明 各改訂後できるだけ早く
DBおよびDCプラン 実施声明[2] プランの年度末から7ヶ月以内
DBおよびDCプラン 気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)報告書[3] プランの年度末から7ヶ月以内
関連するDCプラン 議長声明の6つのセクション:
- デフォルトの投資戦略
- 成果報酬
- 料金と取引コスト
- 正味投資収益率
- アセットアロケーション評価
- プラン加入者にとっての価値
プランの年度末から7ヶ月以内
  1. SIPは、100+人の加入者がいるプランに適用されます。DC制度を提供するすべてのプランは、議長声明を作成する必要があります。 Return to article
  2. 実施声明は、トラスティが前プラン年度においてSIPをどのように遵守したかを示す声明です。 Return to article
  3. TCFDレポートは、気候変動に伴うリスクと機会に関する報告書です。資産額10億を超えるプランに適用されます。 Return to article

例として、英国のBTPS (British Telecommunications Pension Scheme)の投資原則にする声明はこちらで確認できます。

手数料と経費の透明性

企業年金の報告と開示の要件に関して、日本、米国、英国のもう一つの重要な違いは、手数料と費用です。米国と英国では、サービスベンダーの料金の透明性が非常に高いです。

米国:サービスプロバイダーの報酬開示

日本のDBでは、信託銀行や生命保険会社が、1社で各種サービス(プラン管理、保険数理、投資運用、関連アドバイザリー)を直接または関連会社を通じて提供する「バンドル・サービス」が一般的で、サービス単位ではなく、バンドル・サービスを前提とした料金設定になっています。その結果、第三者の専門アドバイザーや専門の投資運用会社の関与が少なくなる傾向があります。

米国では、プランのスポンサーは、プラン参加者の最善の利益のために行動しなければなりません。プランのスポンサーは、最高のサービスプロバイダーを雇い、これらのプロバイダーが請求する料金を定期的に監視する受託者責任を負っています。これに準拠するために、フォーム5500は、すべてのサービスプロバイダーに支払われた報酬(直接的および間接的)を開示することを要求しています。これらには、プラン管理者、レコードキーパー、投資マネージャー、投資アドバイザー、アクチュアリー、監査人が含まれます。

米国: DC参加者の料金開示通知

日米の手数料に関する開示において顕著な違いは、DCプランにおける投資運用報酬の開示に係るものです。

日本では、DC加入者は、さまざまな期間の投資実績を示す報告書を定期的に受け取ります。ただし、これらのステートメントには、通常、投資運用商品の手数料や、これらが加入者のDC残高に及ぼす潜在的な影響について十分に詳細な情報が示されているとはいえません。

DCプランの退職貯蓄に対する投資手数料の長期的な累積効果は、非常に大きなものになる可能性があります。このため、米国では、DCの加入者は毎年、プランの管理者から料金開示通知を受け取ります。これは、制度加入者が制度管理(記録管理を含む)および投資サービスにいくら支払っているかを理解できるように設計されています。支払われた料金と、これらの料金が参加者のDC残高に及ぼす潜在的な影響を説明し、十分な情報に基づいた決定を下すのに役立ちます。また、プランスポンサーは、発生した料金をよりよく理解し、それらを比較し、最終的に参加者の利益のためにより良い行動をとることができます。

投資とガバナンスの開示

また、プランの投資とガバナンスに関する報告と開示は、日本と米国、英国で大きく異なります。米国と英国の両方で、加入者は詳細で包括的な情報を利用できます。

英国:トラスティ報告書および会計

日本では、企業年金のプランスポンサーは、厚生労働省へ年次報告書(事業報告書や財政決算報告書)を提出します。ただし、報告書は必ずしも包括的ではなく、広く公開されているわけでもありません。

英国では、トラスティは、プランの管理方法に関する報告書を毎年作成することが義務付けられています。このレポートには、監査済み財務情報が含まれています。これは、プラン加入者、受給者、および認定された労働組合に開示する必要があります。年次報告書の開示を怠った場合、罰則が科せられます。このレポートには、プランに関する多くのガバナンス関連および投資関連の情報が含まれています。以下の表は、一部の開示要件の概要を示しています(表はすべてを網羅しているわけではありません)。

トラスティの年次報告書の開示内容
図2:開示:トラスティの年次報告書の内容
開示:トラスティの年次報告書の内容
プランに関する一般情報 - プランのマネジメント(理事の氏名、選任・解任の手続き)
- プランアドバイザー
- プランの監査(財務情報が規則に従って準備および監査されたかどうかの声明)
- プランの加入者情報
投資報告書 - ファンド/投資マネージャー
- 投資原則書(SIP)
- 投資原則の記述違反
- 運用実績の見直し
- 実施声明
- 保管人
- TCDF報告書(資産総額10億円超のプラン)
プランアクチュアリーおよびプラン監査人による声明 - 保険数理計算書(DBプランの場合、プランに対して支払われる拠出金の妥当性に関する最新の保険数理証明書)
- 監査役報告書(計算書類に関する監査報告書)

トラスティの年次報告書は、加入者にとって重要な開示要素です。これにより、プランが適切に実行されていることを確信し、プランのパフォーマンスを確認するために必要なデータを得ることができます。

おわりに

現在、日本、米国、英国では、企業年金の報告と開示の要件に関して大きな違いがあります。 日本政府と金融庁は、これら2つの国の開示要素を部分的に取り入れることが適切であると判断するかもしれません。一方で、日本独自の企業年金制度との関連性、コストと便益を考慮し、米国および英国の開示制度を正確には再現しないとする判断もあるでしょう。規制当局が、料金の開示、ガバナンス、投資 などの領域で、プランスポンサーおよびプラン管理者の開示要件を強化・改善することは、結果として日本の企業年金の安全性とパフォーマンス、競争力を向上させることにつながるでしょう。

新しいルールは、2024年から2025年にかけて最終化される予定です。

執筆者


ディレクター
リタイアメント部門

年金業界で20年のコンサルティング経験を持ち、制度設計、de-risking、年金財政、投資、ガバナンス等に幅広く従事。東京オフィス勤務以前はパリとニューヨークにて、グローバルアクチュアリー、M&A、インターナショナル年金制度などの面で多国籍企業の年金や福利厚生プログラムをサポート。米国アクチュアリー会正会員、 CERA(Chartered Enterprise Risk Actuary)、CFA(CFA協会認定証券アナリスト)。


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