2024年の賃上げに向けて日本企業の各社が積極姿勢を見せるなか、賃上げ率が昨年同等の水準に達するのはほぼ確実とみられ、焦点はどの程度上回るかに移りつつある。ただ、こうした賃金上昇が実現しても、デフレ下で低迷した賃金からの正常化の兆しが表れているに過ぎない。衆目の一致するとおり、日本企業の課題は、生産性向上などを通じて賃上げの勢いを持続させられるかにある。報酬は取組みの結果である一方、成長実現の手段であるべきだが、継続的賃上げの実現のために報酬はどうあるべきか。
従業員の賃金については、物価上昇を考慮した実質賃金の上昇の市場競争力の確保という観点から、ベアなど一律の賃上げが会社や組合によって議論されている。ただ、他社を上回る財務力でもない限り「横並び」の域を出ることは難しく、将来の成長の実現という戦略的な狙いの実現には、もう一歩踏み込んだ取組みが欠かせないのではないか。限られた原資を活用し、重要人材の確保や個々の社員の成果の創出につなげられるかという発想から、具体的な施策を導きたい。ここでは、各社がある程度共通に検討し得る施策3つを例示する。
01
日本企業における従業員に対する株式報酬の活用は海外に比べればまだ途上にあるが、近年、政府や経団連等によって提言がなされるなど注目が集まりつつある。株式報酬は「幅広く安定的に支給しなければならない報酬」ではないことから、会社の方針次第で柔軟かつ戦略的に設計できる。全社的一体感を醸成するのであれば従業員に幅広く、優秀人材の採用に活用したいのであれば、特定の人材に重点的に付与することなどが考えられる。エンゲージメント(企業の成長等に貢献しようという意欲)の促進も期待できよう。
02
私たちが実施している報酬サーベイのデータからは、一部の外資系テック企業が賢く大胆に動いている様子が見える。基本給や株式報酬について、相当思い切った個人差をつけているのである。外資系を中心にこうした報酬戦略を採っている企業があることを念頭に置きつつ、自社の差別化戦略を明確にすることが求められている。一律の水準設定を脱するのであれば、事業戦略を軸とし、どの人材に投資するのかという議論を始めることが最初のアクションとなる。
03
日本企業では、報酬制度の運用において「仕組み」に依存する部分が大きく、評価(評語)が決まれば昇給額や賞与額が「テーブル」に基づいて決定されるなど、上司による部下の報酬額の決定への関与は一般に限定的である。報酬という器を通じて上司が部下に伝えるメッセージが薄まるその状態は、報酬の機能を十分生かすという観点からは勿体ないのかもしれない。また、全社共通テーブルで運用する場合、02で触れたような、現場の状況に応じた戦略的な報酬運用も難しい。
上司が部下の報酬決定・説明に直接関与しないという風習は、グローバル化を進める日本企業にとって課題となっている実状がある。例えば拠点トップの外国人幹部の報酬を決定するとき、人事部門がその任を担うことが少なくないが、対象者が、上司ではない人事部門に思いのままに要求することもみられる。人事部門も、権限がないため腰が引けがちで、退職リスクを覚悟した厳しい判断は難しく、「言うなり」になることも珍しくない。すでに外国人幹部の評価や報酬が高止まりする実態が見られるのであれば、本社の経営幹部が、上司として部下の報酬決定や説明に主体的かつ深く関わるようプロセスを見直してはどうか。
今回述べたうち、日本企業にとっては実現が容易ではない施策もあるだろう。一方で、他社を凌駕する良い機会と捉え思い切った施策を講じる日本企業が10年後にどの程度現れているか、注目してみたい。
大手損害保険会社を経てWTW入社。国内外の経営者報酬制度・人事制度に関し、20年余にわたる豊富な実績を有する。その対象地域は、日本、北米・南米、欧州、アジア・オセアニアなど広範囲に及ぶ。グローバルな制度設計・運用支援やクロスボーダーM&Aに関する経験も豊富。