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特集、論稿、出版物 | 企業リスク&リスクマネジメント ニュースレター

世界規模で悪化を続ける地政学リスクと戦争・テロ・暴動に備える治安リスク保険

執筆者 大谷 和久 | 2024年4月16日

ウクライナやイスラエルの戦争状況に加え、モスクワで発生した大規模テロ事件など、世界中で治安リスクが悪化しています。今後の北朝鮮や中国の動向も気になるところです。海外展開する多くの日本企業が事業リスクとして上げている治安リスクとそれを補償できる保険について解説します。
Corporate Risk Tools and Technology|Credit and Political Risk|Insurance Consulting and Technology
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1.地域別に見た政情不安要素

多くのメディアが世界各地で発生している戦争や内乱などのニュースを取り上げており、地政学リスクの悪化については皆様もご存知のことと思います。まずはあらためて世界の政情不安要素の現状や今後のリスクを地域別に整理していきます。

《欧州》

3年目に突入したロシアによるウクライナ侵攻

2022年2月に突如行われたロシアによるウクライナ侵攻はすでに3年目に突入しました。お互いに一歩も譲らず、今のところ停戦の見込みは全く立っていません。

ウクライナがロシアに占領されている東部の地域を失うことを受け入れるか、ロシア国内による政変や健康状態など何らかの理由によりプーチンが失脚する以外には解決の糸口は見いだせないのではないかと個人的には思われます。

長引く戦争で西側諸国にはウクライナへの支援疲れが見え始めています。ハンガリーは明確に支援拒否の姿勢を見せていますし、ウクライナ支援に使う税金を国内経済の充実に使うべきという国民の声が東欧諸国を中心に増えてきている実態があります。こういった状況が続くと国民の不満がどこかで爆発し、大規模デモが暴動につながるリスクがあります。

ロシア モスクワで発生したテロ

2024年3月、この原稿執筆中にモスクワで大規模なテロ事件が発生しました。ISによる実行声明が発せられ、国際テロ活動の再始動と考えられます。後述のアラブ諸国における不安定要素と相まって、欧州のみならず世界規模でのテロリスクの増大が危ぶまれます。

また、プーチンはこの事件をウクライナ侵攻の正当性の強調に利用しようと考えているようですので、ウクライナ情勢も益々混沌としていく可能性があります。

スウェーデンのNATO加盟

トルコとハンガリーの反対により足踏み状態だったスウェーデンのNATO加盟が承認されました。

これにより200年間中立を保っていたスウェーデンは明確に反ロシアの西側同盟に属することになり、ロシアが外洋と接するバルト海がすべてNATO加盟国に囲まれることになります。ロシアにとってはバルト海を自由に使えないことは軍事上大きな痛手となります。ロシアもNATOと直接戦争を起こすほど愚かではないと思いますが、いやがらせ的なテロ行為や破壊工作は今後北欧諸国において起こりえるかもしれません。

《中東》

止まらないイスラエルによるガザ攻撃

2023年10月のハマスのイスラエルへの攻撃から始まったイスラエルによるガザ地区への侵攻はかれこれ半年になろうとしています。

エジプトやカタールなどの仲裁により何度か停戦交渉は行われていますが、いまだ合意には至っていません。イスラエルは国際的な非難を浴びながらも戦闘を継続しており、このことがアラブ諸国の反発を招き中東地域の不安定さにつながっています。

アラブ各国における反イスラエル行動

反イスラエルの行動のひとつにイエメンのフーシ派が行っている紅海での貨物船拿捕があります。何かしらイスラエルと関係があれば襲撃するという行動に出ています。拿捕にとどまらず沈没や死亡者も発生しています。日本郵船がチャーターした自動車船も襲撃されており、日本企業にも被害が出ています。

また、同海域ではしばらく沈静化していたソマリアの海賊も活動を活発化しています。

これらの事態はすべて中東情勢の不安定化がもたらしていると言えるでしょう。

《アジア》

ミャンマー 徴兵制度導入への民衆の国軍への反発

2021年2月に起こったクーデターから国軍が政権を持っているミャンマーですが、政情不安が続いています。国内の反国軍派が各地でゲリラ戦を展開しており、国軍はそれらを沈静化することができていません。これを打開するために徴兵制度の導入を決定しましたが、国民の反発は激しいものになっています。国軍による国民の粛清あるいは反国軍派による革命など思いもよらない事態になるかもしれません。

北朝鮮 高まる韓国との緊張

相変わらず北朝鮮はミサイルの試験的発射を繰り返しており、そのたびにテレビのテロップで臨時速報が流れるので皆さんご承知のとおりですし、地域によっては都度避難警報が出たりしています。韓国の大統領が尹錫悦(ユン・ソンニョル)に代わってから対北朝鮮政策が大きく方向転換し、北朝鮮と韓国の緊張が高まっています。北朝鮮の暴走が怖れられるシナリオです。

中国による台湾有事や南シナ海有事のリスク

現状、日本および日本企業にとってもっとも警戒すべきは中国の行動です。習近平一極体制になってからますます台湾有事の可能性が高まっています。2024年3月に行われた全人代においても台湾の中国への統一について述べられており、軍事的行動も含めたあらゆる手段を行うという姿勢は変わっていません。

さらには台湾のみならずベトナムやフィリピンなどとも南沙諸島領有権問題や領海侵犯などで頻繁に衝突しています。

これらアジア地域において中国が軍事行動を起こすことを懸念して、日本政府は防衛費増大を決定し、南西諸島に自衛隊を配備している状況です。中国が軍事行動を起こす前に、日米が中国をけん制するために経済制裁が行われるはずです。そうなると中国が国民感情を高めるために反米・反日のプロパガンダを行い、これに扇動されて一部の民衆が暴徒化し日系企業の施設を襲撃するというシナリオが想定できます。

実際に2012年の尖閣諸島問題で同様の事態が発生しており、当時トヨタやパナソニックなどの日系企業工場やイオンなどの日系商業施設が襲撃されています。

《北米・南米》

アメリカにおける大統領選挙の結果次第では分断や対立が深まり、2021年に発生した国会議事堂襲撃事件のようなものが再度起こりえるかもしれません。Black lives matter運動のように全米規模の暴動がおこる可能性もありえます。

南米ではアルゼンチンで急進的なミレイ氏が新大統領に就任し、今後の政情不安が懸念されていますし、ペルーやコロンビアでは暴動が多発しています。

2.企業にとっての戦争・テロ・暴動に対するリスクマネジメント

これまで述べた通り全世界的に戦争・テロ・暴動リスクが高まっている状況のなかで、多くの上場企業が有価証券報告書の「事業等のリスク」の項目に、海外拠点における政情不安や治安リスクをあげています。投資家に対して認識しているリスクを開示することはもちろん重要なことですが、リスクを認識していながら何の手も打たなければ、巨大損害が発生した際には経営責任を問われかねません。

しかしながら個々の企業が行えるリスク低減活動(リスクコントロール)は治安リスクにおいては極めて限定的です。従業員の避難体制を整える程度ではないでしょうか?従業員の安全は当然第一義的に優先される事項ですが、投資家が着目するのは事業収益です。BCPを整備しグループ内で代替生産の体制を整えるということも一つのリスク低減策ですが、BCPを実行するにも多くのコストがかかりますし、それ以外にも確実に損失は発生します。

リスクコントロールだけでなく財務的な手当て(リスクファイナンス)が必要なのです。この後に説明する治安リスク保険がその解決策の一つとなります。

3.戦争・テロ・暴動被害を補償する治安リスク保険

財物保険の穴を埋める保険

ほとんどの企業が財物保険(火災保険)に加入していると思います。海外子会社も個別にではありますが、何らかの財物保険に加入していることでしょう。

ご存じの方も多いと思いますが、一般の財物保険では戦争・テロ・暴動リスクは補償対象外となっています。海外においても同様です。高額かつ広域損害に発展するリスクであるため保険会社が引き受けできないことが理由です。

しかしながら、こういった特殊リスクを補償する保険がグローバルには存在していて、ロイズマーケットを中心とした再保険会社が引き受けを行っています。それが治安リスク保険 (Political Violence Insurance)です。

日本ではなじみのない保険ですが、欧米グローバル企業の多くが加入しており、近年では中国企業や韓国企業でも加入が進んでいます。ロシアのウクライナ侵攻で中国企業が所有する穀物工場が被害を受け、保険金が支払われています。韓国企業が東南アジアの発電所に治安リスク保険をかけています。

日本の保険会社が提供していないため日本では限定的な加入

欧米企業に劣らず日本企業も積極的に海外展開をしていますが、欧米企業や中国・韓国企業が保険という手法でリスク移転しているにも関わらず、日本企業は丸裸で戦争・テロ・暴動リスクにさらされていることになります。日本企業にとっては治安リスク保険というリスク移転手法の存在すら認知されていないことが実態です。これは日本の保険会社が提供していないことが理由です。高額かつ広域損害になるので保険会社としてはリスクを抱えきれないということは前述しましたが、保険会社が保険を掛ける再保険という手段で抱えきれないリスクを分散することができます。日本の保険会社はこの再保険の構築ができていないため、戦争・テロ・暴動リスクの引き受けができず、日本企業に治安リスク保険を提供していないのです。

海外の再保険を活用して日本での契約が可能

WTWは治安リスク保険のトップランナーであり、数多くの案件を手掛けています。WTWが海外の再保険マーケットにアクセスし、個別企業のために再保険を構築します。これを日本の保険会社に提供することで、日本企業も治安リスク保険に加入することができます。

実際にすでにいくつもの日本企業が治安リスク保険に加入しております。これらの企業は先進的なリスク認識をお持ちですが、有価証券報告書に戦争・テロ・暴動リスクを上げている企業はぜひ検討を進めるべきです。

経営とはリスクを取ってリターンを得ることであり、経営判断とはまさにどのリスクを取ってどのリスクを排除・移転するかの決定です。戦争・テロ・暴動リスクについてもリスク移転の手段とコストを経営に上げて、その判断を仰ぐことがリスク管理部門の使命ではないでしょうか?

再保険マーケットの現状

前述のとおり、世界中で戦争・テロ・暴動リスクが増大しているため治安リスク保険の再保険マーケットはハード化(保険料上昇局面)しています。前述のウクライナ侵攻、ガザ攻撃、ミャンマークーデターのほか、南アフリカやチリの暴動でも保険会社は大きな保険金支払いもしくは支払備金を計上しています。このため2023年は大幅にマーケットが悪化しました。2024年になって保険料上昇幅は落ち着いたものの、依然ハード化傾向が続いています。

現在、ほとんどの再保険会社において、ロシア、ウクライナ、ベラルーシ、ミャンマー、イスラエルは補償対象外となっています。

ハード化の局面では新規契約は早めに契約することが肝要です。なぜなら保険会社は新規契約より継続契約を優遇し、保険料上昇幅を新規契約のそれより低減させる傾向があるためです。補償内容も継続契約であれば幅広いものを維持できる傾向があります。

繰り返しになりますが、有価証券報告書に戦争・テロ・暴動リスクを上げている企業様はぜひ早めの検討をお勧めします。

治安リスク保険の詳細については弊社担当者もしくは弊社ホームページよりお問い合わせください。

執筆者

グローバルプラクティスディレクター
治安リスク保険 ジャパンヘッド
兼 関西支店長

Chubb損害保険株式会社 執行役員企業営業本部長、チューリッヒ保険会社 企業保険事業本部長を経て、2019年にWTWに入社し、現職を務める。
損害保険業界で40年の経験を持ち、著書に「国際企業保険入門(中央経済社)」がある。「2021年10月 東洋経済 生損保特集号」への寄稿など、各種メディアによる取材記事も多数。


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