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特集、論稿、出版物 | 人事コンサルティング ニュースレター

「強い取締役会」の実装に向けて(前編)

執筆者 櫛笥 隆亮 | 2024年6月11日

「強い取締役会」の実装に向け、根本的な意識変革が必要な段階にある。取締役会は、モニタリングよりも高次のスチュワードシップ責任を行動原理として、執行チームと対等に協業していく体制を整えるべきではないか。そのためには、議長、筆頭、委員会委員長を担う独立社外取締役チームが取締役会を主導し、取締役会の実効性をステークホルダーの期待役割の充足という客観的な視点から捉え、ギャップの解消に努めていく必要がある。
Compensation Strategy & Design|ESG and Sustainability|Executive Compensation|Ukupne nagrade
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2023年の東証通達を皮切りに、株価はいよいよバブル期の最高値を更新するなど、日本市場に一気に変革ムードが漂っている。言うまでもなく、企業変革のリード役は取締役会だ。長期的価値を創造し続ける「強い取締役会(High-performing board)」を日本企業が着実に実装していくためには、形式論に背中を押され不本意ながら進んできた経路依存的な思考から離れ、変革の意義を捉え直し、前向きな理解の下で取り組みを進めていく時期にきているのではないか。

筆者はこれまで、取締役会の機能のうちの指名・報酬領域を主に支援してきた。経営陣の指名・報酬は、「自己評価は誰も信用しない」という常識を後ろ盾とし、コンフリクトの最前線にある課題として早くから注目度も高く、ガバナンス改革の先発テーマとして企業の取り組みが進んできた分野である。その結果、日本企業の伝統的取締役会観の中に監督と執行の境界線を設けていく役目を先導することとなった。しかし、権力源泉のシフトを扱う繊細なテーマであるがゆえに、その変化の過程において、関係者の意識に「独立社外取締役の侵攻と執行トップの防衛」という構図を深く刻みこんでしまったように思われる。こうした敵対関係を固着させたまま、企業がこのまま心ならず取締役会全体の改革を推し進めても、ステークホルダーが期待する「強い取締役会」像との間にボタンの掛け違いが生じてはしまわないだろうか。

本稿ではこうした問題意識を踏まえ、「強い取締役会」の実装に向け、企業の意識変化や捉え直しが必要と考えられるポイントについて、個人としての考えを整理した。

スチュワードシップ責任に基づく取締役会の役割の明確化

まず、取締役会の役割が必ずしも明確になっておらず、個々の取締役に担うべき責任の明確な共通認識が無いことが、「強い取締役会」の実装を阻んでいるのではないか。日本企業の取締役会改革は、社外取締役の増員や構成比の拡大、それと並行した機関設計の選択を目的として、マネジメントボードをモニタリングボード寄りに整えることで議論が終わっているケースが少なくない。ステークホルダーが期待する「強い取締役会」がいわゆるモニタリングボード寄りであることに異論を挟む余地はないが、多くの取締役会改革が、漠然とした「執行と監督の分離」や「監督機能の強化」に至ることで終わりになってしまっている実状がある。

そもそも「強い取締役会」にはどのような役割が求められるのか。AI等のテクノロジーの急速な進歩、気候変動の影響の増大、パンデミックや地政学的混乱など、いわゆるPermacrisisと言われる長期にわたる変化と不確実性の時代において、従業員の期待に応えて活力を引き出し、地球環境やコミュニティとの調和を取りながら、株主に高い資本収益を還元していく役割が、今の取締役会には強く求められている。個々の取締役は、おのおのが現役時代に直面したものとは劇的に異なる環境下において、過去の経験に頼らず、複雑かつ流動的な要素を慎重に考慮しながら、迅速な意思決定を連続して下していかなければならない。これは単なる「監督機能の発揮」に留まらない、とてつもなく難易度の高い仕事といえるだろう。

筆者の属するWTWでは、今日の取締役会が担うべき責務を5つの要素 (5P : Purpose, Planet, People, Performance, Protection)として標榜したWTW Global Stewardship Model(図1参照)を提唱している。基礎にあるのは、取締役会は株主資本を含む全てのステークホルダー資本の管理者として、自らの内発的意思に基づき責務を果たすべきという考え方だ。確かに、株主と企業との関係は、付託を受けた者が期待どおりに動かないモラルハザードのリスクを前提としたエージェンシー関係で捉えるのではなく、企業は集団的利益の追求におのずと奉仕する存在であるとするスチュワードシップ関係として捉え直すほうが、今日のステークホルダーの期待とは高いフィット感がある。取締役会と経営陣との関係性は、監督と執行という牽制的関係のみで一律に捉えるのではなく、スチュワードシップ責任の履行を最上位の目的として、相互の協働や連帯も積極的に織り交ぜながら、状況に応じて取締役会が最適なバランスを模索していく柔軟性があってよいのではないか。本モデルにおいても、経営陣の監督を含むPerformanceは、スチュワードシップに内包される一要素としての位置付けになっている。

スチュワードシップ責任の履行が期待される取締役会の役割とするならば、「監督強化」という曖昧な空気感は、個々の取締役の役割認識に大きな誤解を生じ得る。事実、事務局が上げる執行視点のアジェンダ自体の適切性に疑義をあまり呈することもなく、これらに評論を加え監督の証拠を残すことが仕事であるとの勘違いをしている取締役は少なくない。特に外部者である独立社外取締役は、監督者として経営に物申す引け目もあり、経営陣から余計に煙たがられないよう、新たなアジェンダを提起することには謙抑的になる傾向がある。「監督強化」の空気が生み出す対立構造、それと同時に生じる経営陣への遠慮が、本来の役割履行の精神的ハードルになっているように思われる。

この点、欧米企業の開示資料では、驚くほど詳細に取締役会が担う責務の中身と関与の実績が記載されている。例えばある米国企業では、指名・ガバナンス、報酬、監査以外にも、戦略、ESG、各種のリスクマネジメント、サイバーセキュリティ、人的資本やダイバーシティが取締役会の審議対象であること、および審議のプロセスや報告事業年度としての取締役会や委員会の活動状況がProxy Statement(委任状説明書、株主総会参考資料に類似)に開示されている。一方で日本企業においては、単に「監督機能の発揮」が取締役会の役割であるとだけ開示しているケースが少なくない。主要テーマそれぞれについて、企業としての取り組みの内容は開示されていても、取締役会としてどのように関与したかまでは必ずしも明らかではない。

いずれにせよ、今後日本企業が「強い取締役会」の実装を前向きに進めていくには、個々の取締役が果たすべき役割の解像度を上げていく必要がある。そのためにはスチュワードシップ責任を行動原理として、取締役会の役割や審議すべきテーマに関する共通認識を明確化し、あらかじめ宣言しておくことが、遠慮や忖度なく適切なアジェンダセッティングを行う上では必要不可欠である。この際、日本企業の重点テーマである資本収益性向上のための事業ポートフォリオ管理、グローバル経営管理なども掲げておくことが望ましい。加えて、各テーマについて何を審議し、どのような決定をしたかを取締役会の活動状況として毎期丁寧に開示していくサイクルを定着させる必要がある。対外開示されるという意識が個々の取締役のコミットメントを高める効果の重要性は無視できない。委員会の審議テーマである場合は、委員長メッセージを開示で発信するルーチンを取り入れることも有用だ。いずれも欧米企業では一般的な開示プラクティスとなっている。

またこれに合わせ、取締役会と経営陣の関係も、モニタリングという言葉で牽制的関係を煽るだけではなく、スチュワードシップと職務執行という両輪の機能を役割分担する対等な関係として捉え直すべきであろう。おのおのが役割を十二分に果たすためには、取締役会は長期視点の下でのステークホルダーに対するスチュワードシップに注力すべきであり、日々の業務執行に細かく口を出す時間はない。また執行経営陣は強いリーダーシップを発揮して戦略を迅速かつ力強く推進していくことに注力すべきである。互いに一方を有効活用しようという発想を持つことも重要だろう。

なお、日本における機関設計の選択は、上記のような取締役会の役割の明確化をまず行ったうえで、その運用に最適な枠組みは何かという観点から検討していくことが望ましい。枠組みの検討が取締役会の役割の検討に先行すべきではない。ただ、グローバルに通用するわかりやすさ、意思決定の機動性の観点からは、指名委員会等設置会社に揺るぎない優位性がある。

(後編へ続く)

*本稿は、雑誌「コーポレートガバナンス」(一般社団法人 日本取締役協会)Vol.15 - 2024年4月号への寄稿からの抜粋です。

執筆者

WTW 経営者報酬・ボードアドバイザリー 
プラクティスリーダー シニアディレクター 

上場企業の報酬委員会にアドバイザーとして陪席、審議の進行や意思決定を継続的に支援。その他、指名・後継者計画、取締役会評価など、コーポレート・ガバナンス体制全般の整備運用についても包括的に支援。
主な著書として『経営者報酬の実務』(編著、中央経済社、2018年)等。公認会計士。CMA。


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