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特集、論稿、出版物 | 人事コンサルティング ニュースレター

従業員エンゲージメントと社内コミュニケーション

執筆者 岡田 恵子 | 2024年7月4日

コーポレートガバナンスの強化、ステークホルダーとの対話、そして人的資本開示。こうした文脈において、組織の非財務指標として用いられ、昨今、以前にもまして注目されているのが、“従業員エンゲージメント”だ。なぜか。従業員エンゲージメントは、従業員満足度と何が違うのか、という古典ともいえる質問から答えてみたい。
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従業員エンゲージメントとは?なぜ今、重要なのか?

従業員満足度は、従業員一人一人が自分のものさしで自分の仕事や上司、職場、会社について評価をする。それに対して、従業員エンゲージメントの物差しは、“会社がこれから向かっていく方向” や “会社がこれから社会で果たすべき使命”である。それは、従業員が「自分自身はどれほどその方向性や使命を理解、共感、支持できているのか」「自分はそうした組織の一員でいることに誇りや意義を感じられるのか」、そして「その目標や使命の達成のために貢献しようという自発的な意欲を持って行動できるのか」を自問自答するものだ。 2000年頃、当時、GEの会長であったジャック・ウェルチが「これからは、会社と志を同じくし、そのために行動する意欲をもった、エンゲージメントの高い従業員こそが、差別化要因となる」ということを発表してから、“エンゲージメント”という言葉が人口に膾炙した、と言われている。今の従業員の意識と将来の企業成長の間にもっとも関係の強いものは何か、という調査研究の結果から生まれたものが、従業員エンゲージメントという考え方だ。 

その後、リーマンショックなどを経て、前述の個人の“エンゲージメント”に加え、個人の理解ややる気に加え、それを成果に結びつけるための“環境”と、個人のやる気を長続きさせるための心身の“活力”の重要性が検証され、“個人のエンゲージメント” (Engagement)、“成果を実現できる環境”(Enablement)、“活力”(Energy)の3つが高い組織が、1年後、3年後の業績成長が高いことが実証された。WTWでは、この3要素からなるエンゲージメントを、“持続可能なエンゲージメント”と称している。

会社が社員、組織に対して実施している投資に対して、従業員がそれをどのように受け止めているのか、人的資本に対する投資は本当に有効であるのか、を検証し、それを外部に対して示す、という目的がやや強調されている今日の“エンゲージメント”のブームであるが、今、従業員が自分の仕事、職場、組織に対して何を感じているのか、その背景には何があるのかを、社内の共通の理解として、より働きやすい、個々人が活きる組織風土を実現することに、その本質はある。そもそも、従業員のエンゲージメントを把握するという行為は、一般的にはエンゲージメント調査を通じてなされるのだが、それ自身がまたとない社内コミュニケーション機会である、ということを忘れてはならない。

エンゲージメント調査はまたとない社内コミュニケーション機会

エンゲージメント調査は多くの場合、全社一斉に、あるいはグループ、グローバルの組織が同じタイミングで、同じ設問に対して回答する。設問は、会社や経営が社員について気にかけている、重要視している事柄であり、同じメッセージを同じタイミングで、すべての従業員が目にし、しかも考え、自身の感じ方を答える機会は数少ない。総じて調査の事務局を人事部や経営企画部門が務めることは多いが、同時にこれは、エンゲージメント調査というまたとない社内コミュニケーション機会であり、そしてその結果をいかに社内に広くプロモーションするのかという点において、広報部門、社内コミュニケーション部門の知恵と経験を活用しない手はない。エンゲージメント調査を身近に感じられるサーベイロゴやアイコンの開発、エンゲージメント調査の意義や目的の事前の啓発、経営陣からの調査参加への期待のショートビデオ、社内SNSの活用など、その可能性は非常に大きい。実際、Nestleなどは、「Nestle & I」というサーベイロゴ、ビジュアルエイドを社内開発し、サーベイに関するあらゆるコミュニケーションは、誰もが一目でわかる状況を作りだし、これが従業員と会社の対話の機会であり、会社・経営陣が社員の声に耳を傾ける姿勢の可視化の象徴となっていた。

そして調査が実施され、結果が分析される。従業員が前向きにとらえている強みも、また従業員の見方が厳しい課題領域も明らかになる。経営陣にとっては、事業計画や中長期の経営戦略の実現において、維持すべき従業員の認識、変えていくべき認識や行動を明らかにし、その施策を考え、実行に移すことになる。同時に重要なのが、意識調査結果、そしてその後の対応についての社内コミュニケーションだ。ここに広報部門、社内コミュニケーションの専門家が絡んでいない企業がいまだに多いことを常々不思議に感じている。調査は回答した者にも回答した責任がある。その結果が全体としてどのようになっているのかを知る必要がある。そして、会社は何を考え、自部門としては何を重要とし、その中で自分自身は、自分の成長とよりよい組織風土の醸成のために何を意識するのか、を考えるきっかけや機会、場が必要だ。これこそ、広報部門、社内コミュニケーションの専門家の出番ではなかろうか。専用のポータルを持ち、様々なリーダーがショートビデオでの発信をしたり、部門ごとの課題やアクションを共有したり、あるいは各人の小さな実践を紹介したりする。“知る”ことによって発想が広がったり、行動する勇気をもらえたりする場面は非常に多い。他の部門がどのような業務をしており、どのような人員構成の特徴があり、何が課題なのか、そんなことを知ることから、お互いの経験や知恵を共有しあい、自分たちにとって、これまでと違う小さなアクションを取ることが可能になる。

WTWでは、エンゲージメント調査終了後に、クライアント企業の部長・課長層を対象に、調査結果のデータの読み方、解釈のアプローチ、そして背景課題や仮設の設定、アクションの考え方をともに学ぶワークショップを開催させていただくことが多い。調査やデータに関するテクニカルな部分の理解と同様に、いやそれ以上に、異なる部門の対象者からなるグループでのグループワークで、相互に業務や人材、風土についての悩みを共有し、それぞれが個人として有していた知恵やこれまでの経験を共有することの価値、そこから生まれる、お金をかけることなくこれまでのやり方や習慣を変えるヒントがたくさん生み出されている。このワークショップ参加者が1回の経験で終わらせることなく、自部門の社員の意識を知り、他部門について知り、悩みや経験を共有する機会や場を設け、それをファシリテートすることができれば、その価値はとても大きい。それは我々のような外部の第三者でなく、部門間、そして会社と社員を繋ぐという役割を担うことのできる広報部門、社内コミュニケーション部門がまさに自発的に働きかけていくべき領域ではないか、と考える。

変革期こそ社内コミュニケーションの力が試される

コロナを経験し、働き方が変わった。今、Back to the officeが進んでいる企業も多いが、通勤不要とした在宅勤務時と業務量が変わらず、多忙感は高まっている。また、DXも進み、業務に求められる人材やスキルも変化しつつあり、スキルの学びなおし、あるいは学び足しが非常に重要になりつつある。これはエンゲージメント調査の結果からも明らかである。そして事業構造の変化、事業戦略の大きな変更、ジョブ型の導入など、社員の仕事、キャリア、処遇に直接的に結びつく変革も多く進んでいる。

そうした企業でエンゲージメント調査を行うとその結果として出てくるのが社内コミュニケーションの課題だ。ジョブ型の導入は、一つの典型例だ。職務が整理されたうえで、管理職層が組織を担う組織リーダーと、個人の専門能力を生かして個人として貢献するプロフェッショナルリーダーに分類される。しかし、組織リーダーとプロフェッショナルリーダーの役割、職務、評価基準などが明示されず、仕事の進め方もこれまでと変わりが見えない、という例も多い。そうしたコミュニケーションが社内で明確になされないことで、組織リーダーになれなかった、とやる気を失うプロフェッショナルリーダーもいれば、自分の専門性を磨きたかったのに部下育成や面倒な組織運営にうんざりしている組織リーダーもいる。そうしたリーダー層(管理職層)を見て、その手前の若手・中堅層の、会社の将来や自分のキャリアへの展望のスコアは下落傾向をたどる。最近、頻繁に目にする調査結果である。圧倒的に欠落しているのが、“社内コミュニケーション”だ。ジョブ型導入に伴う意識改革、風土改革といった外部向けの記事は目にするものの、社員のキャリアや処遇に直結する具体的な内容についての説明が十分になされていない。 

人間誰でもそうだが、自分が作ったものの欠点や説明が不十分な点は自分では気づきにくい。材料はある。しかし、それを相手にわかりやすい形にうまく調理できていない、という場合も多い。意識調査結果から、コミュニケーションの課題が明らかになったのであれば、その主管部門との対話の相手となり、社員目線で、質問する。社員は何が分からないのか、何に疑問を持つのか、何が懸念なのかを率直に伝える。答えがないならば、それは主管部門の仕事であり、その中身をつくる。答えはあるが、うまく組み立てられていないのであれば、社員にわかりやすく組み立て直すのを支援する。

社内コミュニケーション部門は、このように、人事、経営企画、財務、あるいは法務といったコーポレートの専門部門と社員を、各事業部門と社員をつなぎ、双方が伝えたい、知りたいことを伝えられる、知ることができるようにする、貴重な翻訳機能であり、ストーリーを作る機能であり、今後ますますその重要性は高まってくる。何がキーメッセージなのか、ストーリーラインなのか、が特定されれば、資料を作ることは今後、ChatGPTのようなAIを活用できるかもしれない。しかし、視点、認識、目的、情報量の異なるグループの理解度、関心度、そして認識の差を特定し、それを埋めるために必要な要素を特定する機能は、代替されるものではない。

外部環境、そして社内の状況が変わりつつある今、広報部門、そして社内コミュニケーション部門の役割は極めて大きい。様々な部門や機能、会社と社員の結節点となってその両者をどのように繋いでいくことができるのか、その力量が従業員エンゲージメントを左右する、といっても過言ではない。

職務として規定されたことを伝える、という職務分掌を見直し、エンゲージメント調査結果を主管部門と共有し、今、社内において何を、誰を、何について繋ぐことが求められているのか、どこに社内の分断が生じているのか、それはなぜか、を考え、提案する。それを越権行為と捉えるような組織に明るい未来を見つけることは難しいかもしれないが、多くがそうした提案を歓迎し、ディスカッションパートナーとなることを欲しているのではないか、と考える。これは、広報部門、あるいは社内コミュニケーション部門のセルフエンゲージメントを高めることに他ならない。会社の社会的使命、進むべき方向性に対して、”繋ぐ“役割を担う広報、あるいは社内コミュニケーション機能として、自らの貢献範囲を自発的に考えていくこと。これこそが、変革期の組織に求められているものであると考えている。社内コミュニケーションが社内の繋がりや動きを変え、組織風土を変える。そうした牽引力となっていかれることを願ってやまない。

執筆者

マネージングディレクター、EXインターナショナル・リーダー 兼 
タワーズワトソン株式会社 取締役
Employee Experience(EX)

マッキンゼー・アンド・カンパニーのコミュニケーション・スペシャリストを経て、WTW入社。従業員エンゲージメント、コミュニケーション、チェンジマネジメントなどの領域に20年以上のコンサルティング経験を持ち、寄稿・インタビューなど多数。EX(Employee Experience)ビジネスのInternational Geography(アジア・豪州、中東、中欧・東欧、南米)のリーダー。


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