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特集、論稿、出版物 | 人事コンサルティング ニュースレター

「強い取締役会」の実装に向けて(後編)

執筆者 櫛笥 隆亮 | 2024年7月9日

「強い取締役会」の実装に向け、根本的な意識変革が必要な段階にある。取締役会は、モニタリングよりも高次のスチュワードシップ責任を行動原理として、執行チームと対等に協業していく体制を整えるべきではないか。ギャップの解消につながる取り組みについて、前編に続いて解説する。
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独立社外取締役主体の取締役会構成とチームの組成

スチュワードシップ責任を果たす取締役会が「強い取締役会」だとすると、実効的な取締役会構成はどのようなものになるだろうか。 さまざまなステークホルダーからなる集団的利益の追求を目的とする上で、取締役会として確保すべき根源的な要素は多様性だろう。さらに言えば、性別、国籍、人種、年齢等に基づく属性の多様性、スキル・経験の多様性を揃えればよいというだけではなく、それらが生み出すCognitive Diversity(認知様式の多様性)の発揮が何よりも重要だ。事象や問題に対する考え方や捉え方の多様性が、討議の場において実際に交わされることが、複雑で変化の激しい環境下において全方位的に課題を見つめ、リスクの発見、イノベーションの創出など、固定観念を崩して必要な変革を果断に進めていくために必要である。

そうだとすると、世論が独立社外取締役の高い構成比を強く求める意味は一体どのようなところにあるのだろうか。スチュワードシップ責任の履行が取締役会の役割なら、多様性さえ確保されていれば、社内取締役メインでも問題は生じないのではないか。事業を通じて集団的利益創出の新たな機会を探るには、自社の事業に精通した社内取締役のほうが適しているかもしれない。社内にはない知見やアイディアが必要なら外部専門家を雇えばよい。指名・報酬などの独立性確保が必須となる場面では、委員会を活用して社外性や独立性を高め実質的な決定権を委譲すれば自己評価の問題は生じにくい。これらの理由から、監視強化のために独立社外取締役を更に増員せよとの世論に対して、企業側が漠とした抵抗感を持ってしまう心情もわからないでもない。

しかし、ここも捉え直しを要するポイントの一つである。世間が高い独立社外取締役構成比を求めるのは、監督強化というよりもむしろ、対等で建設的な議論ができるオープンかつフラットな討議の場を作る意味合いのほうが大きいと考えるべきだろう。社内取締役が持ち込む執行チームとしての上下意識や仲間意識は、討議の場から徹底して排除されなければならないからだ。上下意識が少しでも持ち込まれると、上位者の意に沿わないような意見はやはり心情的に控えてしまう。評価者と被評価者の関係性にあればなおさら顕著になろう。仲間意識が強すぎても、意見の対立を避けようとする雰囲気が生まれ、反対意見があっても自制してしまう。社内取締役の数が多いほど、こうした空気が取締役会全体に蔓延し、意思決定が集団浅慮に陥るリスクは高まっていく。スキルマトリックスの見た目が多様性に満ちていても、異なる考え方やモノの見方が実際に討議の場に出てこないのであれば全く意味がない。個々の取締役が自身のスキルや経験、価値観を踏まえてさまざまな考え方を活発に発信するうえでは、企業の執行チームの人間関係とはしがらみのない独立社外取締役が、取締役会においてマジョリティを占めている状態が望ましいと言えるだろう。

加えて、オープンかつフラットな討議の場づくりをさらに安定させるためには、取締役会は独立社外取締役がチームとしてリードすることが望ましい。チームとして組成する以上、取締役会議長や取締役会の重点テーマを担う各委員会の委員長もやはり独立社外取締役が担うべきだろう。また、取締役会議長の補佐役、取締役会と各種委員会や経営陣との連携、取締役会議長の評価のとりまとめ役としての筆頭独立社外取締役の設置も重要である。チームをサポートする取締役会事務局も、独立社外取締役チームを直に支える体制とする必要がある。こうしたチームアップが、スチュワードシップ責任を果たす自律的機関として取締役会を成立させ、執行経営陣との対等かつ健全な関係、そして良好な協力関係を築く基礎をつくるものと考えられる。

ステークホルダーの期待役割に立脚した実効性評価の深化

現状日本企業の実効性評価は、ごく一部の先進企業を除けば、コードへのコンプライを目的とした形式的手続きになっている。社内事務局が取締役会に嘆願する形でアンケートを実施し、得られた結果から若干の課題感を抽出しつつも、最終的には「当社の取締役会は全体として実効的に機能していることが確認された」と開示して終わらせている企業は多い。筆者がWTWとして最近実施した機関投資家等へのインタビューでも、足下の日本企業が行っている実効性評価は自己評価が中心であり、客観性や信頼性に欠けるため、対話のテーマとして活用するには時期尚早であるとの意見がほとんどであった。第三者の外部機関を利用しているかどうか以前に、評価という行為を行う上での内部規律そのものに欠落があるものと考えられる。

しかし、取締役会がスチュワードシップ責任を行動原理とし、過半数の独立社外取締役チームがリードする自律的機関として進化するならば、実効性評価も一段上のレベルを目指せそうだ。取締役会議長、筆頭独立社外取締役、各委員長らがチェックアンドバランスを効かせながらプロセスを主導することで、少なくとも「内部的な自己評価」というイメージからの脱却を図ることができる。そのうえで、実効性の定義そのものの捉え直し、多様性のマネジメントの二つが、今後の実効性評価のさらなる深化に向けたポイントになるものと考える。

まず実効性の定義については、取締役会がステークホルダーの期待役割を充足しているかどうかという視点でストレートに捉え直す必要がある。現状の運営を所与として、主観的な「監督強化」目線で課題を探しにいくのではなく、取締役会の期待役割に対するグローバルの潮流や、株主や従業員をはじめとしたステークホルダーから直接のフィードバックを取締役会として積極的に吸い上げ、果たすべき役割自体の妥当性を含めて客観的にギャップを把握し、それを埋めるべく真摯にアクションプランを練る。欧米企業では、主要なステークホルダーとのエンゲージメント対話は取締役会がリードすることが極めて標準的である。取締役会が果たすべき役割に関連した対話は、議長、筆頭、各委員長が対話主体となって直接フィードバックを受け、対話の内容やアクションプランは詳細に開示される。日本企業も東証より「株主との対話の実施状況等に関する開示」が要請されている。この機会を活かして、従来のアンケートやインタビュー等による自己評価に加え、取締役会が自らステークホルダーの声に傾聴してギャップの発見に努めるプロセスを導入することで、「強い取締役会」としての実効性を客観的に維持管理していく必要がある。

加えて、今後は多様性のマネジメントが実効性強化のカギになるだろう。取締役会が十分な多様性を備えるほど、意思決定に向けた共通理解の土台を共有しにくくなるからだ。対応策としては、包摂的な論点設定、討議に必要な情報のフレームワーク化など取締役会の運営方法の工夫によるものもあるが、海外では昨今、ボードカルチャー構築の重要性が指摘されている。例えば2023年に米国取締役協会のブルーリボン委員会から公表されたレポートCULTURE AS THE FOUNDATION Building a High-Performance Boardでは、複雑性や不確実性が増す昨今、未知の課題に対して多様な視点で迅速に意思決定をしていくためには、過去のベストプラクティスは役に立たず、カルチャーに行動規範を求めるべきであるとして、強固なボードカルチャーの定義と強化、カルチャーを基軸とした個々の取締役の評価や入れ替えについて、その手法やアプローチについて提言している。ボードカルチャーは、スチュワードシップ責任の履行という価値観を共有できる取締役を任命し、維持していくための有用な指針の一つとなる。

独立社外取締役の報酬

最後に報酬についても触れておきたい。独立社外取締役がリードを取る取締役会では、個々の独立社外取締役が期待役割を果たす責任意識を高め、同時に長時間化するコミットメントへの対価を支給する観点から、報酬の見直しも合わせて検討されるべきだろう。

まず、独立社外取締役にも株式報酬が付与されるべきだろう。スチュワードシップ責任にはFuture-proofing(将来への確実な備え)の要請が当然に含まれるが、そうした意識を喚起するのは株式報酬しかない。加えて、日本企業は「攻めのガバナンス」と謳われているように、長期的価値創造そのものが取締役会の重要ミッションとされている。監督機能への疑念にも配慮しつつ、業績評価を加味しない単純な株式報酬はあってよいのではないか。

次に、議長、筆頭、委員長もしくは委員の役職を有する独立社外取締役には、その担う重責に応じた手当を加算し、報酬を差別化すべきである。特に取締役会議長は、その他の独立社外取締役とは比較にならないほど企業への時間的コミットメントを求められ、責任も別格だ。欧米企業の取締役会議長報酬は、他の役職とは別段の扱いで設定される(図2参照)。日本企業ではこうしたプラクティスはほとんど見られない。議長は取締役会の実効性強化の要の役職であり、フェアな処遇のあり方を再考する余地は大きい。

アメリカ、イギリス、ドイツ、フランスの取締役会議長報酬を比較した棒グラフです。アメリカは株式報酬を含めて6570万円、イギリスは現金報酬のみで10,120万円、ドイツは5800万円、フランスは7410万円です。
図2. 取締役会議長である社外取締役報酬比較

(2023年調査:売上高1兆円以上の欧米企業群の中央値)

最後に、独立社外取締役の報酬は、金額の如何を問わず全員個別開示される必要があるのではないか。株主が直接モニタリングすることでしか報酬決定の客観性を担保できないからだ。取締役の個別報酬開示は、基礎リテイナー報酬、株式報酬、役職や委員会ごとの手当などの算定表の開示と共にグローバルで常識である。個々の取締役が自身の役割の履行に対してアカウンタビリティを高めるきっかけにもなるだろう。

*本稿は、雑誌「コーポレートガバナンス」(一般社団法人 日本取締役協会)Vol.15 - 2024年4月号への寄稿からの抜粋です。

執筆者

WTW 経営者報酬・ボードアドバイザリー 
日本リード

上場企業の報酬委員会にアドバイザーとして陪席、審議の進行や意思決定を継続的に支援。その他、指名・後継者計画、取締役会評価など、コーポレート・ガバナンス体制全般の整備運用についても包括的に支援。
主な著書として『経営者報酬の実務』(編著、中央経済社、2018年)等。公認会計士。CMA。


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