複雑化する経営を支える幹部指名・報酬ガバナンスとリスクマネジメント
イントロダクション:
グローバル・モードの取締役会が果たすべき機能
第1部:
グローバルリーダーシップ人材の指名・報酬ガバナンスの実務と展望
第2部:
グローバルリスクマネジメントの実務と展望
櫛笥 隆亮(イントロダクション):
経営者報酬・ボードアドバイザリー 日本リード
萩原 良太(第1部):
経営者報酬・ボードアドバイザリー ディレクター
ジョン・ブラウン(第1部):
経営者報酬・ボードアドバイザリー コンサルタント
小川 直人(第1部):
経営者報酬・ボードアドバイザリー ディレクター
関根 伸一郎(第2部):
コーポレート・リスク アンド ブローキング 営業統括本部長 兼 ジャパン ビジネス ディビジョン本部長
今日、日本企業は大きな岐路に立たされています。少子高齢化による国内市場の縮小や労働人口の減少という避けられない現実に直面し、多くの企業が長期的な成長と生存のためにグローバル化を迫られています。この状況は、単に製品を海外に輸出するだけの時代とは大きく異なります。現代のグローバル化は非常に複雑で、企業は商品やサービスを現地の需要に合わせて調整しつつ、多様な人材を統一された戦略の下でマネジメントしていく必要があるのです。
このような背景の中で、取締役会の役割も大きく変化しています。グローバル・モードの取締役会には、主に三つの重要な機能があります。まず、持続的な価値創造をもたらす長期経営方針を示し、その戦略を監督すること。次に、グローバルな法令遵守とリスクマネジメント体制を構築すること。そして、グローバル経営を推進できるCEOや幹部の選任と評価を行うことです。
しかし、現実には多くの日本企業の取締役会が、これらの役割を十分に果たせていません。グローバルをリードできる日本人幹部の不足や、サポート体制の不十分さ、そして海外の見えないリスクへの回避傾向などが原因で、思い切ったグローバル戦略の立案に踏み込めていないのが現状です。
この状況を打破するためには、グローバル経営を推進できるCEOやリーダーシップ人材の登用・育成が不可欠です。同時に、彼らがリスクを取って挑戦できるよう、適切なインセンティブを与える必要があります。さらに、プロアクティブで盤石なグローバルリスクマネジメント体制を構築することで、経営陣の背中を押すことが重要です。
これらの取り組みを通じて、日本企業は真のグローバル企業へと進化し、挑戦的な経営方針やグローバル戦略を生み出し、それを力強く実行していくことができるでしょう。
本日のセミナーでは、そうした取り組みを支える実務について、WTWの様々な支援の経験を踏まえ、実践的な内容をお話しできればと思っています。
01
日本のCEOと欧米のCEOには、大きな違いがあります。日本では、CEOは社内ヒエラルキーのトップ、いわば会社の顔として位置づけられることが多いのですが、欧米では最高経営責任を司る一つの役割を担う人材として見られています。この違いは、評価や選解任のプロセスにも表れています。
日本企業では、CEOの評価や選解任に関する実質的な整備や取り組みが不十分な場合が多いのですが、欧米企業では取締役会や指名委員会等が毎期CEOを評価し、再任の判断を行うのが一般的です。また、任期についても大きな違いがあります。日本では慣例的にCEOの任期が定められ、その期間中は基本的に再任されることが前提となっていることが多いのですが、欧米では通常CEOの任期は定められておらず、業績に応じて継続的に評価されます。
サクセッションプランについても同様の違いが見られます。日本企業では現職CEOが後継者候補を決め、それを委員会が追認するという形が多いのですが、欧米企業では取締役会や指名委員会が主体的にサクセッションプランを定め、運用・モニタリングを行っています。
日本企業のCEO在任期間を見ると、4年から6年に集中していることが多いのですが、これは中期経営計画を意識して、その2サイクル分の6年が暗黙の慣行となっているケースが多いためです。また、CEO不再任の基準が明確に定められていないケースも多く見られます。
興味深いのは、CEO任期の有無と企業パフォーマンスの関係です。調査結果によると、任期を定めていない企業の方がPBRが高い傾向にあり、また事業の売却や買収をより積極的に行う傾向が見られます。これは、任期制がある種の制約となり、CEOの中長期的な視点や積極的な経営判断を妨げている可能性を示唆しています。
一方、アメリカのS&P500企業のCEOを見ると、在任期間の中央値は5年弱、平均値は7年強となっています。また、一般的に思われているのとは異なり、外部から招聘されるケースよりも社内から昇進するケースの方が多く、平均的なCEOの在籍年数は約20年となっています。
これらの違いを踏まえると、日本企業がグローバル水準のCEO選解任・サクセッションプランを構築するには、段階的なアプローチが必要です。最終的には、多様性を包含した取締役会やリーダーシップチーム、グローバル水準の企業価値向上に対する高い意欲を持った幹部、そして全世界から共通の基準で選抜された後継者人材プールを持つことが重要になってくるでしょう。
02
グローバル化が進む中で、日本企業の報酬体系にも大きな課題が浮かび上がっています。特に顕著なのは、日本企業のCEO報酬が欧米企業と比較して著しく低いという点です。これは単に金額の問題だけではありません。報酬の構成、特に変動報酬の割合に大きな違いがあるのです。
欧米企業では、CEOの総報酬のうち変動報酬が占める割合が非常に高くなっています。例えば、欧州企業では総報酬の約75%、アメリカ企業では約90%が変動報酬です。これは、パフォーマンスを重視した報酬構成となっており、業績が良ければ高額の報酬を得られますが、業績が悪ければ報酬も大きく下がるという仕組みになっています。
一方、日本企業では変動報酬の割合が相対的に小さく、基本報酬の比率が高いのが特徴です。この差は、単なる文化の違いではなく、企業価値や業績の差を反映している可能性があります。実際、世界の時価総額トップ100企業における地域別占有割合や、ROE水準を見ても、アメリカが最も高く、次いで欧州、そして日本が最も低いという傾向が見られ、これは報酬水準の傾向と一致しています。
ペイ・フォー・パフォーマンス を前提とした報酬獲得機会の拡充により価値創造を促進する報酬改革を行う日本企業も増加傾向
このような状況を踏まえ、日本企業が報酬を引き上げる際には、単純に金額を上げるだけでなく、以下の点に注意を払う必要があります。まず、変動報酬割合の拡充です。その際、高いパフォーマンスの達成を前提とした報酬水準の引き上げを意識する必要があります。また、海外事業トップとの整合性を考慮することも重要です。そして、企業価値創造を促す指標を選定し、挑戦的な目標設定を行うことが不可欠です。
さらに、グローバル報酬ガバナンスの整備も重要です。具体的には、グローバル共通のポジション評価、クローバック・マルス条項の導入、株式保有ガイドラインの設定、報酬に関する開示の拡充、報酬委員会の適切な運営、そして株主との対話戦略の策定などが挙げられます。
これらの取り組みにより、日本企業は真のグローバル経営体制を推進し、長期的な企業価値創造への取り組みを対外的に表明することができます。同時に、経営幹部の価値創造に向けた意識改革とアクションを促進し、各国の幹部のアライメントを強化することで、グローバルリーダーシップチームの組成につながるでしょう。
03
株式報酬のグローバル展開は、日本企業がグローバル化を進める上で避けて通れない課題となっています。この背景には、グローバル一体運営の進展、外部からのプレッシャー、そして対象者である海外幹部の意識変化などがあります。
現状、多くの日本企業では海外幹部に対して、現金換価やファントムプランなどの代替的な対応を取っています。しかし、これらの方法では長期的な企業価値とのリンクを作ることができず、真のグローバル経営を実現する上で限界があります。
株式報酬のグローバル展開には、主に3つの典型的なスキームがあります。国内信託を用いたRSU/PSU、海外信託を用いたRSU/PSU、そして信託を用いないRSU/PSUです。どのデリバリースキームを選択するかは、各企業の状況や目的によって異なりますが、いずれも日本企業の現物株式を利用する点で共通しています。
しかし、株式報酬のグローバル展開は単に報酬制度を変えるだけの話ではありません。多くの場合、これをきっかけにさらなる変革が始まります。例えば、本体役員報酬の見直し、コーポレート機能の強化、海外幹部の本体登用の加速などが挙げられます。つまり、株式報酬のグローバル展開は、企業全体のガバナンスや人材戦略を見直す大きな転換点となる可能性があるのです。
ただし、この取り組みを進める際には、いくつかの重要なチェックポイントがあります。例えば、対象者の情報をタイムリーに得られるインフラの整備、現行の報酬水準のマーケットポジショニングの把握、グローバルグレーディングの整備などが挙げられます。また、国内の株式報酬制度との整合性も検討する必要があります。
さらに、事業サイドや各地域のHRからのニーズを組み上げることも重要です。そして何より、このプロジェクトを推進していく事務局の能力とレジリエンスが鍵となります。グローバル組織の各関連部署と連携しながら進めていく作業は決して容易ではありませんが、この取り組みは日本企業のグローバル化にとって非常に重要なステップとなるでしょう。
企業のグローバル化が進むにつれて、直面するリスクも多様化し、さらに複雑化しています。その背景には、地政学的リスクの増大、経済のグローバル化、技術革新とデジタル化、規制環境の変化と複雑化、社会的責任の増大、そしてパンデミックや自然災害の頻発などがあります。
このような状況下で、グローバルリスクマネジメントの重要性はますます高まっています。特に注目すべきは、統一的なリスク管理の必要性、競争力の維持・向上、そしてレジリエンスの強化です。これらは、経営者が積極的な経営判断を行う上で非常に重要な要素です。
グローバルリスクマネジメントの実務においては、主に4つのアプローチが重要です。まず、総合的なアプローチがあります。これには、リスクの相互作用の理解、リスクカルチャーの醸成、エンタープライズリスクマネジメント(ERM)の推進、そしてリスクの保有・移転手法の高度化が含まれます。
次に、データ駆動のアプローチです。ビッグデータ分析、AI・機械学習の活用、リアルタイムモニタリングなどが該当します。これらの技術を活用することで、リスクの早期発見や予測が可能になります。
三つ目は、持続可能性との統合です。環境リスクの管理、社会的責任への対応、サプライチェーンの透明性確保などが重要になっています。これは、ESGへの関心の高まりとも密接に関連しています。
最後に、グローバルな規制の変化への対応です。コンプライアンス管理の強化、リスクの地域的特性の理解、将来的な規制変化の予測などが含まれます。これらの対応は、グローバルに事業を展開する企業にとって不可欠です。
取締役会とグローバルリスクマネジメントの関係も重要です。取締役会の役割としては、リスクガバナンスの監督、リスクアペタイトの設定、リスクマネジメント方針と戦略の承認、そしてリスク対応の監督が挙げられます。一方で、グローバルリスクマネジメントの実践においては、リスク情報の提供と報告、リスクカルチャーの推進、リスクマネジメントの評価と改善が重要になります。
取締役会が監督すべき近時のリスクとしては、経済的不安定性、サイバーセキュリティリスク、規制とコンプライアンスの変化、地政学的リスク、気候変動と環境リスク、社会的不平等と労働問題、そして技術進展とデジタルトランスフォーメーションなどが挙げられます。これらのリスクは年々変化し、グローバル化が進むにつれてさらに多様化し、より複雑化しています。
企業経営者が積極的な判断を下すためには、これらのリスクに対するセーフティネットの整備が重要です。具体的には、会社法上の補償契約やD&O保険などの活用が考えられます。最近では、会社補償の導入が増加傾向にあり、当社の調査では上場企業トップ100社のうち約26%が導入しているという結果でした。
グローバル化する日本企業にとって、グローバルリスクマネジメントの重要性は今後さらに高まっていくでしょう。経営陣の果敢な意思決定を支えるためには、総合的なアプローチ、データ駆動のアプローチ、持続可能性との統合、そしてグローバルな規制環境の変化への対応が不可欠です。
取締役会とグローバルリスクマネジメントの連携は、企業がグローバルなリスク環境に適応し、持続可能な成長を実現するために欠かせません。日本企業が真のグローバル企業へと進化し、世界市場で競争力を維持・向上させるためには、これらの取り組みを着実に進めていく必要があります。
最後に、本日のセミナーで議論された内容は、日本企業がグローバル化を進める上で直面する課題と、それに対する解決策を包括的に示しています。グローバルリーダーシップ人材の育成、報酬体系の見直し、そしてリスクマネジメントの高度化など、これらの要素は相互に関連し合っています。
日本企業が真のグローバル企業として成長していくためには、これらの課題に総合的に取り組む必要があります。取締役会の役割を再定義し、グローバル人材の育成と登用を進め、適切な報酬体系を構築し、そして効果的なリスクマネジメント体制を整備することで、日本企業は新たな成長のステージに進むことができるでしょう。
このような変革は一朝一夕には成し遂げられませんが、本日のセミナーで共有された知見と事例を参考に、各企業が自社の状況に合わせた取り組みを進めていくことが重要です。グローバル化の波は避けられません。しかし、それを脅威ではなく機会として捉え、積極的に対応していくことで、日本企業は世界市場でさらなる成功を収めることができるはずです。
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