1. 背景
昨今、さまざまな場面でウェルビーイングの重要性が語られる中、従業員のウェルビーイングを向上させることは、競争の激しさを増す人材獲得・定着の分野において、鍵となることは想像に難くありません。その一方で、このウェルビーイングは経済的な不安、心理的なストレス、身体の健康、社会との関わり……と、複数の要素を含んでいるため、どのように取り入れ、対応するかを検討する上で、その動向を把握したいという声が聞かれます。
WTWの2024年ウェルビーイング診断サーベイは、身体的、精神的、ファイナンシャル、社会的ウェルビーイング、ならびに従業員体験(EX)という5分野に焦点をあて、市場の状況、有効性、今後の動向について調査しています。
本サーベイは2024年3月4日から4月12日にかけて実施、アジア太平洋地域(APAC)では16の国・地域から1030の企業(日本の参加企業57社を含む)の参加、回答がありました。
本稿では調査結果の概要を以下の4つの観点からまとめています。
- ウェルビーイング戦略に影響を及ぼすビジネス課題
- ウェルビーイング戦略における成果目標
- 企業の優先順位と従業員ニーズのギャップ
- 現在~今後の方策
- 今後に向けて
2. ウェルビーイング戦略に影響を及ぼすビジネス課題
アジア太平洋地域(APAC)の調査結果によると、ウェルビーイングに影響をするビジネス課題は「人材獲得」がトップで、69%の企業が挙げています。
- WTWが2021年、2023年に行ったベネフィット・トレンド・サーベイ(福利厚生動向調査)においても、「人材獲得競争」はAPACで福利厚生戦略に影響を与える主要課題のトップであり、 「人材獲得競争」が人事分野で最重要課題の1つであることが改めて浮き彫りになりました。
- 2位は「DEIの重視」で、47%の企業が挙げています。
- 3位は同率(44%)で「事業およびオペレーションコストの上昇」と「事業/経済パフォーマンス」です。
また、日本の調査結果においても、トップはAPACと同様に「人材獲得競争」で、72%の企業が挙げています。各国、地域において「人材獲得競争」は共通する主要課題であることがうかがわれます。 一方、2位以降は様相が異なり、日本では、「生産性に関する課題」(70%)が2位、「増加するメンタルヘルスの問題」(56%)が3位と続きます。
3. ウェルビーイング戦略における成果目標
APACにおいて、今後数年間で、ウェルビーイング戦略から達成しようとしているビジネス成果は、「従業員体験(EX)の向上」がトップで、81%の企業が挙げています。次いで、「従業員の生産性の向上」が73%で2位、「人材のひきつけと定着の向上」が67%で3位です。
一方、日本の調査結果においても、「従業員の生産性の向上」(89%)、「従業員体験(EX)の向上」(73%)、「人材のひきつけと定着の向上」(71%)で、1位、2位がAPACの順位と逆転しますが、トップ3に挙げられた成果目標はAPACと同じです。
4. 企業の優先順位と従業員ニーズのギャップ
APACにおいて、72%の企業が自社のウェルビーイングの取り組みを「非常に重要だ」と回答していますが、従業員の捉え方とはギャップが見られました。本調査と別途実施した、従業員を対象とする意識調査(2024年Global Benefit Attitude Survey) では、自社の取り組みを「非常に重要だ」と回答した従業員は51%にとどまっています。
日本では、企業と従業員間のギャップがより大きく、「非常に重要だ」と回答した企業が67%であるのに対し、「非常に重要だ」と回答した従業員はわずか12%でした。
注目すべき点は、企業の優先順位と従業員のニーズの著しいギャップです。APACでも、日本でも、従業員はウェルビーイングプログラムの中でファイナンシャルウェルビーイングに最も関心を寄せていますが、企業の優先順位ではAPACでも、日本でも低く、それぞれ4位、5位となっています。
APAC
設問:今後3年間で企業に最も支援してほしい分野はどれですか。最もが1、2番目が2、というように順位をつけてください。
日本
設問:今後3年間で企業に最も支援してほしい分野はどれですか。最もが1、2番目が2、というように順位をつけてください。
5. 現在~今後の方策
本サーベイでは、身体的、精神的、ファイナンシャル、社会的ウェルビーイング、ならびに従業員体験(EX)の分野において、現在既に対応している事項、今後計画・検討する事項も尋ねています。
下表は、APACの調査結果をもとに、45%以上の企業が現在対応している方策、20%以上の企業が新たな方策として計画、検討している事項を取りまとめたものです。(注:各国の法定基準や環境が異なるため、日本では当てはまらないものもありますが、そのまま掲載しております。)
現在~今後の方策
出典:WTW2024年ウェルビーイング診断サーベイ 結果 (アジア太平洋地域、日本)
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APACで現在45%以上の企業が現在対応している方策
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20%以上の企業が新たに計画・検討している方策
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身体的 ウェルビーイング
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- 伝染病の蔓延を最小限に抑えるための方針を策定する
- 推奨される健康診断を推進する
- 健診、予防接種を推奨するために、対象を絞って、または個別化して働きかける
- ライフスタイルのリスク管理プログラムを提供する
- バーチャルケアの利用を促進する
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- ライフスタイルのリスク管理プログラムを提供する
- 主要な健康状態にある従業員をサポートするプログラムを提供する
- DEI目標に関連する特定の従業員層に対して福利厚生を提供する
- 医療サービスの利用を評価するため、請求データを活用する
- 健康的な食事を促進するために物理的環境を改善する
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精神的 ウェルビーイング
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- メンタルヘルス問題に関する社会的な偏見に対処するためにキャンペーンを利用する
- メンタルヘルスをサポートするためにカウンセリングを提供する
- メンタルヘルスに対するバーチャルケアソリューションを提供する
- 精神的、社会的、ファイナンシャルウェルビーイングにより対応するために、EAPを実施または再設計する
- 組織の文化に心理的安全性を築く
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- 従業員のメンタルヘルス問題を特定し、対応するためのマネージャートレーニングとツールを提供する
- 精神的な悩みに対処する解決策を提供する
- 従業員のレジリエンスを高めるためのプログラムを提供する
- 組織全体のメンタルヘルス戦略/行動計画を持つ
- 多様なメンタルヘルスサービス、プロバイダーのリストを拡大し、提供する
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ファイナンシャルウェルビーイング
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- 退職/貯蓄プログラム(任意加入を含む)を提供する
- 義務、必須とされる最低額以上の生命保険および障害保険を提供する
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- 従業員がプログラムを最大限に活用できるよう、経済的ウェルビーイングナビゲーションとデジタル意思決定サポートを提供する
- 経済的なレジリエンススキルの構築に役立つコーチングを提供する
- 従業員が直面する可能性のある様々な経済的な問題について教育する
- より広範なDEI戦略につながる福利厚生のアフォーダビリティを評価する
- パーソナライズされた経済的な意思決定のサポートを提供する
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社会的 ウェルビーイング
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- 定期的なイベントを通じて、社会的なつながりを育む
- リーダーが現場を直接訪れるようスケジュールを組む
- ソーシャルメディアを利用して成功事例を伝え、ウェルビーイング活動への関与を高める
- デジタルツールを使用して様々な勤務スタイルをサポートする
- 地域社会におけるボランティア活動を支援する
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- 主要なウェルビーイングのステークホルダーと定期的にやり取りをする
- ウェルビーイングと表彰プログラムを統合し、ウェルビーイング文化を奨励し、報酬を与える
- ウェルビーイングを組織のCSR戦略の一部として組み込む
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従業員体験(EX)
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- ウェルビーイングに関して、従業員と定期的なコミュニケーションを取る
- 従業員が仕事、生活を両立できるよう、柔軟な勤務形態を提供する
- 従業員がスキルを再習得する機会を定期的に提供する
- 長期休暇後の従業員をサポートする方針および構想を策定している
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- 複数年の目標を設定した評価測定戦略を策定する
- ベンダーとのパートナーシップの統合および照会プロセスを確立する
- ウェルビーイングの重要性に関するリーダーからの定期的なメッセージ、構想を提供する
- ウェルビーイング戦略とDEI目標を結びつける
- 社内の方針、情報を1つの傘下に統合させたデジタルハブ、プロバイダーソリューションを持ち、個人の状況に合ったコミュニケーションに調整する
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6. 今後に向けて
ウェルビーイング戦略、プログラムを見直される上で、国内外の動向を踏まえて行われることが望まれます。
APACの調査結果から、今後に向けた取り組みとして、下記のものが考えられます。
- 複数年にわたるロードマップを策定する
- さまざまなグループのウェルビーイングのニーズを評価し、従業員への聞き取りを通じて、ツールやリソースをパーソナライズし、適切な優先順位を設定する
- DEIに関する福利厚生の見直しを実施し、組織のDEI目標に沿った、特定の従業員の状況に対応する機会があるかどうかを把握する
- コミュニケーションを優先し、シニアリーダーの関与を促し、セグメント化されたアプローチを用いて、従業員体験(EX)を高めるために適した取り組みを行う
- 複数年にわたる明確かつ定量的に目標設定を行う測定戦略を整備する