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特集、論稿、出版物 | 人事コンサルティング ニュースレター

英国CEO報酬の変遷と近時の議論から振り返る日本企業への論点

執筆者 仁科 慎也 | 2025年3月17日

英国では過去10年間のCEO報酬の変遷を振り返り、課題が認識されている。本稿では、日英両国のCEO報酬の推移を整理しつつ、英国での近時の議論から示唆される日本企業にとっての今後の想定論点について考える。
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1. はじめに

日本においてCEO報酬はインセンティブ報酬を中心に拡充を続け、主要企業のCEOの報酬水準・構成比は、既に欧州モデルに近似しているとも言われている。しかし、その欧州に目を向けると、英国では自国のCEO報酬の変遷を振り返り課題が認識されている。そこで本稿では、1)日本のCEO報酬の推移を概観し、2)英国のCEO報酬を巡る近時の議論を整理した上で、3)英国での議論から示唆される日本企業の今後の想定論点を考察する。なお、英国での議論については弊社WTWの英国コンサルタントによる論稿“A look back at UK executive pay over the last 10 years”(2024年9月)[1]、“The fast-evolving UK executive pay landscape”(2024年7月)[2]、”Is executive pay a factor in the decline of London share listings?”(2023年8月)[3]をベースにしている。詳細についてはこれら論稿も併せて参照されたい。

2. 日本におけるCEO報酬の変遷

WTWでは毎年、売上高等1兆円以上企業を対象として『日米欧CEO報酬比較』に関する調査を実施している。日本におけるCEO報酬の推移は、過去10年間における『日米欧CEO報酬比較』の調査結果をもとに分析する。[4]

総報酬については、過去10年間で約2倍に増加(114%増加)している。その内訳を見ると、基本報酬は25%増、年次インセンティブ(STI)は177%増、長期インセンティブ(LTI)は373%増と、STIとLTIをあわせたインセンティブ報酬の増加率が高いことが確認できる [グラフ1]。中でもLTIは2014年度と比較すると約4.7倍に増加しており、LTIの拡充が総報酬水準の引き上げを牽引してきた。

総報酬については、過去10年間で約2倍に増加(114%増加)している。その内訳を見ると、基本報酬は25%増、年次インセンティブ(STI)は177%増、長期インセンティブ(LTI)は373%増と、STIとLTIをあわせたインセンティブ報酬の増加率が高いことが確認できる。
グラフ1:日本におけるCEO報酬の推移

報酬構成を確認すると、2014年度はSTIとLTIをあわせたインセンティブ報酬(変動報酬)が基本報酬(固定報酬)の半分に満たなかったものが、直近2023年度は変動報酬が固定報酬の約2倍にまで増加し、この10年間で日本のCEO報酬は、固定報酬中心から変動報酬中心に変化してきたことがわかる。

報酬の中央値(50%ile)の企業では概ね「基本報酬:STI:LTI=1:1:1」となっているが、総報酬が高水準(75%ile、90%ile)に位置する企業においてはSTI及びLTIの割合はさらに高くなり、90%ileに位置する企業では「基本報酬:STI:LTI=1:2:4」となっている[グラフ2]。最近では国内の大手企業の中でもグローバル報酬体系を目指す上位層との格差が拡大しており、報酬の二極化の進行が現状として整理される。

報酬の中央値(50%ile)の企業では概ね「基本報酬:STI:LTI=1:1:1」となっているが、総報酬が高水準(75%ile、90%ile)に位置する企業においてはSTI及びLTIの割合はさらに高くなり、90%ileに位置する企業では「基本報酬:STI:LTI=1:2:4」となっている
グラフ2:CEOの報酬構成比較

英国の報酬構成に目を向けると、日本の75%ileに位置する企業と似た構成比率となっている。日本の90%ileの企業では既に欧州の変動報酬比率を超え、米国の比率に近づきつつある。ISSのレポートにおいても「日本の役員報酬は報酬水準及び報酬構成で欧州モデルに近似」、「一部の規模の大きい企業では、報酬水準や報酬構成において、米国スタイルの報酬制度を採用する傾向が強まっている」との分析もされている[5]

3. 英国におけるCEO報酬を巡る近時の議論

3-1. 英国におけるCEO報酬の変遷

次に弊社WTWの英国コンサルタントによる論稿“A look back at UK executive pay over the last 10 years”(2024年9月)をもとに、FTSE 100のCEO報酬に関して、2014年から2024年の10年間の変遷を整理する。

報酬構成について、固定報酬と変動報酬の比率は過去10年間でほとんど変化しておらず、「固定報酬:変動報酬=30:70」から「固定報酬:変動報酬=28:72」へのわずかな変動にとどまっている [記事内の”Median CEO pay mix -2014”、” Median CEO pay mix -2024”を参照]。

基本報酬は約17%上昇(年間平均1.5%上昇)している一方で、年金給付は2014年時点で基本報酬の25%であったものが、現在では基本報酬の10%まで減少している。こうした背景には、2018年の英国におけるコーポレートガバナンスコードにおいて役員の年金給付の水準は従業員層の水準と整合させるべきとの推奨があり、従業員層との過度な格差を設けないことが求められたことがあり、結果として年金給付は現在の基本報酬の10%という水準に落ち着いている。

賞与の最大支給額は過去10年間で安定しており、基本報酬の180%から200%の微増となっている。賞与に比べると長期インセンティブであるパフォーマンス・シェア・プランの水準増加は大きく、パフォーマンス・シェア・プランの最大支給水準は、基本報酬の200%から300%まで増加した。長期インセンティブプランは、その複雑さへの批判からシンプルなものが望ましいというトレンドがあり、繰り延べ賞与にかかる会社からの追加マッチング(deferred bonus match)や役員自身による共同投資型株式報酬制度(co-investment share plan)などの技巧的なプランの組み合わせの多くが姿を消し、1プランによる運用が標準プラクティスとなっている。

3-2. 英国における課題

総額では5.4%上昇(年間平均0.5%上昇)とほぼ横ばいであり安定した推移となっている。こうした安定的な報酬の推移を反映するように、英国では、過去10年間でみられた抑制的な文化が、英国の一部の上場企業がグローバルから適切な経営者を惹きつけることを妨げている可能性があると議論されている。実際に、英国で議論されている主要な分野として以下の4点が挙げられている。

① グローバル人材の競争力

英国の大手企業の取締役会はより多様化してきており、グローバル企業はグローバルなキャリア・経験を持つ人材を求めているが、優秀なグローバル人材を惹きつけ、リテンションすることに苦労をしている。この傾向は役員層だけではなく、特に米国に大きな拠点を持つ企業においては、従業員層にも影響が及んでいる。

② 報酬設計の柔軟性

異なる市場で競争するためには必ずしも報酬水準を高める必要はなく、支払い方法を変えることも必要となるかもしれないが、英国では「インセンティブ=賞与+パフォーマンス・シェア・プラン」という過度な規範化(“FTSE norm”)があり、そこからの逸脱が許容されにくい。明確なビジネス上の理由と人材ニーズがある場合には、報酬モデルの変更が株主からの反対の理由にはならないであろう点が議論されている。

③ ガバナンスにおける「遵守するかしないか」(≒遵守しなければいけない)という二者択一のアプローチの変更

英国では他のマーケットに比べて「株主寄り」(shareholder friendly)の報酬規制が強いため、本人の認識する報酬パッケージの魅力度がその分不必要に減じてしまっている。例えば、繰り延べ賞与や長期インセンティブの保持期間、退職後の株式保有ガイドライン、マルス・クローバック条項の設計が挙げられるが、いくつかの企業では、株式保有ガイドラインの基準が満たされる場合においては、繰り延べ部分を緩和し、必須の繰延部分を減らす等の変更が見られている。

④ 議決権行使助言会社からの公平な競争環境の必要性

英国の上場企業は、米国や欧州よりも厳しいプロキシーガイダンスに従う必要があり、結果として意図しない形で、英国での上場する魅力を損なう副作用が生じている懸念がある。特に英国では従業員層との公平性が他のマーケットに比べて強く求められている。

英国と米国の報酬水準を比較すると大きな差が生じており、英国で議論されている課題感は、米国との報酬乖離でも確認ができる。米国の報酬のうち、基本報酬は過去10年間で英国と同様のペースで増加してきたが、変動報酬、特にLTIの増加率は英国を大きく上回り、結果として総報酬ベースで顕著な差が生じることとなった。前述の通り、英国においては1プランによる運用が標準的である。米国の変動報酬が高い背景に近年の米国企業の好調な業績による面もあるが、米国では一般的には業績条件付プランと譲渡制限付株式の2つのプランの組み合わせで運用されており、プランの構造的な違いにもよる点も指摘がなされている。こうした報酬乖離の状況を受け、いくつかの英国企業では米国を意識したグローバル競争のため、長期インセンティブの大幅な増額や米国スタイルの業績条件付プランと譲渡制限付株式プランの組み合わせを採択する事例も見られている。

4. 日本企業にとっての想定論点

英国ではこの10年間で、特にLTI水準において米国と大きく引き離され、英国グローバル企業では人材競争の危機感から、米国を意識した報酬設計が議論されていた。グローバルな人材競争は、英国のみに当てはまるわけではなく、日本にとっても避けては通れない論点である。日本の報酬は、10年前と比べ総報酬は2倍に増加し、欧州と近似していると言われるまでに至ったが、欧州に追いつけば十分であるかというとそうではない。グローバル企業、特に米国に大きな拠点があり売上比率が高い企業は、米国における報酬水準やプランを意識しなければ、最適な人材を惹きつけ、リテンションすることができないかもしれない。自社におけるグローバルの位置づけや競争相手となる企業や市場を明確にした上で、それらの市場と競争できる報酬設計を見極め、必要に応じて報酬の水準増やプランの見直し等の対応が必要となるであろう。

報酬水準の増額を検討する際には、併せて報酬水準の増加に伴う規律付け・ガバナンスの整備も論点となる。今後の報酬増額を検討する企業はもちろんであるが、10年前と比べて日本企業全体としても変動報酬のボリュームも増えており、報酬水準や構成が大きく変化した企業は、それらの変化に伴う規律付けが適切にできているかを確認する必要がある。例えば、報酬領域と呼応した指名領域の厳格化(主要ポジションの職責・期待役割・求められるスキルセットの明確化等)や、役員退任時の退任事由ごとのインセンティブ報酬の適切な取り決め、マルス・クローバック条項の設定・厳格化、株式保有ガイドラインの設定、開示の充実、報酬・指名委員会の適切な運用、株主との対話等が挙げられる。ISSのレポートにおいては、日本では個別開示は義務付けられ開示がみられるものの、全体的な報酬体系やインセンティブ報酬における指標や目標、達成度、退職金やベネフィット、報酬委員会の役割に関しては不十分な場合が多く、透明性を求める投資家・株主の期待には応えられていない点も指摘されている。単なる報酬増加ではなく、本来目指されている中長期の業績向上・企業価値向上や株主とのアラインメント強化等と整合した報酬パッケージとなっているか、改めて見直す必要があろう。

また、英国では役員報酬の検討において従業員層における対応との整合性等が議論されているが、日本においても役員報酬を検討する際には、従業員層の報酬のバランスも論点となるかもしれない。英国は他マーケットに比べて特に従業員層との公平性に厳しく、意図せず役員報酬の魅力度を下げているとの指摘もあったが、従業員層における相応の報酬改善・変化を明確に示すことが、役員報酬の増額・改定の受け入れやすさにつながっている。日本においては、従業員層における構造的・継続的な賃上げがかつてないほどに議論の盛り上がりを見せており、役員層における報酬のあり方、従業員層における報酬のあり方のいずれについても、自社の方向性を再確認する必要がある。企業価値の向上のための役員層及び従業員層に関する人材ストーリーを明確に示すことは、報酬改定に対する株主の理解にもつながる。役員報酬を議論する中で従業員層の報酬についてどのようにバランスをとっていくかは議論の余地があるかもしれない。

5. 最後に

本稿では、過去10年間で日本のCEO報酬におけるインセンティブ報酬が拡充され、報酬水準・構成においては欧州モデルに近似し、さらに上位層の企業では米国モデルに近づきつつあることを見てきた。また、英国では過去10年間での報酬は安定してきたものの、特にLTIにおいて大きく米国と引き離され、米国ひいてはグローバルを意識した報酬設計に関する課題認識・議論があることを確認した。

ひるがえって日本においても、欧州モデル、米国モデルのような安易な報酬の「型」に向かうことなく、あらためてグローバルでの人材競争を意識した報酬設計及びガバナンスの整備が重要になってくる。報酬委員会を中心に、こうした点について形式的ではなく本質的な議論が行われているかを確認する必要があるだろう。

脚注

  1. A look back at UK executive pay over the last 10 years”(2024年9月2日) 本文に戻る
  2. The fast-evolving UK executive pay landscape”(2024年7月22日) 本文に戻る
  3. Is executive pay a factor in the decline of London share listings?”(2023年8月17日) 本文に戻る
  4. 『日米欧CEO報酬比較』(2024年度調査結果)(2024年8月6日) 本文に戻る
  5. ISS “Japan’s Executive Pay Increasingly Mirroring European Models 本文に戻る

執筆者


リードアソシエイト
経営者報酬・ボードアドバイザリー

WTW入社以来、国内大手企業を中心に、経営者報酬制度の設計・見直しやグローバル株式報酬対応、報酬委員会運営支援等のプロジェクトに関与。また、経営者報酬に関する開示調査をはじめとする各種事例調査にも従事。


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