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メディア

米国における株式報酬の活用状況と日本の実務への示唆

2024年12月3日

Executive Compensation|Ukupne nagrade
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【プレスリリース / 東京】 2024年12月3日(火) -- 世界をリードするアドバイザリー、ブローキング、ソリューションのグローバルカンパニーである WTW(NASDAQ:WTW)と森・濱田松本法律事務所は、米国S&P500企業における株式報酬の活用状況と足元の規制環境、並びに我が国における法制度・実務との相違及びそこから得られる示唆について共同で調査・整理しました。

株式報酬の活用状況に関して、米国では取り組みが非常に進んでおり、発行済株式総数に対する株式報酬の年間付与数の割合(『バーンレート』)が中央値で0.54%、付与価値にして125.5百万ドル(約165億円。2022年の年間平均レート1ドル = 131.43円)という状況にありました。他方で、日本においては株式報酬の全体像を把握するに足る開示の土台が不十分と言え、今後各社における開示が充実し、投資家と企業との間で株式報酬の活用状況について対話が深まることが期待されます。

《 株式報酬の活用状況にかかる調査結果:バーンレート及び付与価値の状況 》
表1:バーンレート及び付与価値の状況
バーンレート 株式報酬の年間付与価値
75%ile(上位1/4) 0.87% 289.2 百万ドル
(約380億円)
50%ile(中央値) 0.54% 125.5 百万ドル
(約165億円)
25%ile(下位1/4) 0.29% 62.4 百万ドル
(約82億円)

米国S&P500企業におけるバーンレート及び年間付与価値の状況は上表のとおりとなった。バーンレートとは発行済株式総数に対して株式報酬制度において付与されたストックオプション数・株式数の割合を示している。

【分析の前提】

米国S&P500企業における株式報酬の活用状況について2022年度の状況を調査・分析した。ここで2022年度とは2022年3月期から2023年2月期までとし、2022年度にかかるデータは2023年を通じてファイリングされるため、分析時点において最新のデータとなる。

《 米国と我が国における株式報酬にかかる規制・実務環境の比較 》
  • 株式報酬の付与手続
  • 我が国においては、従業員向けの株式報酬としては、従前から持株会やESOPといったスキームを介して株式を保有させる手法が見られた。これらの手法では、従業員の在職中の株式の引き出しは認めないあるいは限定されることが通常である。これに対し、近時は、より直接的に従業員に株式を所有させる手法として、役員向けの譲渡制限付株式報酬の付与と同様に、従業員に金銭債権を付与し、当該金銭債権を現物出資させ、あるいは株式の払込義務と相殺することで直接的に株式を付与する手法が見られる。

    日本の会社法上、公開会社においては、有利発行に該当しない限り、株式の発行(自己株式の処分を含む)に関する事項は取締役会において決定することができる(会社法201条1項、199条2項、3項)。取締役に対して株式報酬を付与する場合には、対象となる株式数の上限や割当契約の内容の概要等を開示した上で株主総会の承認(役員報酬決議)を得る必要があるが、従業員に対する付与については、上記のとおり有利発行に該当しない(払込みに用いる金銭債権を市場株価を参照した時価ベースで付与する)限り、株主総会決議事項となることはない(なお、指名委員会等設置会社の場合には、執行役及び取締役に対する付与の場合も、報酬委員会に決定権限があるため、株主総会決議事項となることはない)。

    これに対し、米国では、いわゆる会社法に相当する法律が州ごとに分かれており、例えばデラウェア州法においては、定款で異なる定めを設けない限り、株式発行の決定権限は取締役会にある。他方で、証券取引所規則(NYSEルールやNasdaqルール)により、上場会社においては、株式報酬プラン(一定の例外はある)や、その重大な変更(”Material Revisions”。具体的には、付与する株式数の上限や付与対象者の範囲の拡大、対象期間の延長、付与価格の変更等が含まれる。)が株主総会決議の対象とされており、この株式報酬プランには、取締役(director)だけでなく従業員(employee)向けのものも含まれている。したがって、米国の上場会社においては、従業員に対する株式報酬の付与も株主総会決議の対象となり、その際には、プロキシーステートメント(”Proxy Statement”。日本の株主総会参考書類に相当)においてプランの詳細が株主に説明されることになる。例えば、議決権行使助言機関であるISSが公表する議決権行使基準の中では、バーンレートも議案の賛否の判断において大きな考慮要素とされており、プロキシーステートメントにおいても、バーンレートに関する情報の開示がなされている(なお、米国上場会社においては、ドッド・フランク法により、役員報酬に対する勧告的決議(いわゆるセイオンペイ(”Say on Pay”))も求められているが、上記の株式報酬プランに対する承認決議は、これとは別のものである)。

  • 株式報酬に関する開示
  • 現状、日本の上場会社においては、役員向けの株式報酬については、上記のとおり株主総会議案となるほか、有価証券報告書等においてもその内容について詳細に開示がされる。他方、適用のある開示関連の法制において、役員報酬ではない従業員向けの株式報酬の内容が詳細に開示されることにはなっていない(株式報酬として一定以上の金額規模の発行がなされる場合については、いわゆる発行開示規制の適用はある)。有価証券報告書において、「ストックオプション制度の内容」を開示することや、「役員・従業員株式所有制度」を開示することが求められているが、後者の「株式所有制度」として記載の対象となるスキームは、役員・従業員又はこれらの者を対象とする持株会に株式を取得させることを目的として、信託その他の仕組みを利用した制度と定義されており(企業内容等の開示に関する内閣府令第2号様式記載上の注意46)、これらに該当しない類型の株式報酬の場合は開示されていない。

    これに対し、米国では、上記のとおり従業員向けの株式報酬プランも株主総会決議事項となり、プロキシーステートメントにおいて詳細な情報開示がされることに加えて、SEC(米国証券取引委員会)の開示規制により、Form 10-K(年次報告書)において、進行中の株式報酬プラン(Equity Based  Compensation Plan)についての開示が求められている。開示が求められる事項としては、既に発効している株式引受権等の権利が行使された場合に発行される株式数、それらの株式が発行されるときの平均発行価額(weighted-average exercise price)、当該プランにおいて更に発行することができる株式の数等が挙げられており、これらの開示により、少なくとも当該プランによる議決権や株式価値の希釈化の程度について、現時点及び将来に関する情報が提供されることになる。また、米国上場会社の決算書類上は、株式報酬に関連する費用(Expense)についても掘り下げた説明がされている場合も見られる。

《 コメント 》
WTW 経営者報酬・ボードアドバイザリープラクティス ディレクター 小川 直人

米テクノロジー企業は株式報酬に対して積極的であることでよく知られるが、S&P500全体で見た場合でも中央値でバーンレート0.54%、付与価値ベースで年125.5百万ドル(当時の為替レートで年165億円)と株式報酬に積極的であることが見て取れる。米国においては、企業価値を向上させる人材を登用し、企業価値の向上に対して報酬を払うという考え方が浸透しており、株式報酬が大きな役割を担っていると考えられる。

他方で日本の上場企業においては、株式報酬の強化(対象者拡大および付与水準拡充)はトレンドとして見受けられるものの、株式報酬の活用状況にかかる開示が限定的であることや株主による意見表明の機会も限られている。「資本コストや株価を意識した経営」や「人的資本経営」に対する期待の高まりがある中で、日本においても自社における株式報酬の全体像がより明示的に対外説明されることによって、自社の株式報酬のあるべき姿について投資家と企業との間で対話が促進され、企業価値向上に向けた取り組みが活発化するものと考えられる。

森・濱田松本法律事務所
弁護士 若林功晃、 弁護士 松村謙太郎

会社法上の株式の発行手続という観点でみると、金銭報酬を付与した上で現物出資構成をとる限り基本的に有利発行の問題も生じないため、従業員に広く株式報酬を付与することについて直接的なボトルネックはない状況と言える。ただし、幅広く展開する企業グループにおいて、傘下グループ会社の役職員に日本の親会社の株式を付与することを検討する場合、当該役職員から株式報酬の発行主体となる親会社に対して金銭債権を現物出資等させる必要があるところ、各役職員に対する金銭債権の付与は、役職員自らが所属する(直接役務を提供する)グループ会社から行うことが検討される場合がある。このように、金銭債権を、グループ内の各エンティティ(海外の現地法人を含む)からそれぞれの役職員に付与し、それを株式報酬の発行主体となる親会社に現物出資させることについては、会計税務、その他実務上の煩雑さが伴うものとも考えられる。逆に、このような金銭債権の付与と現物出資というやり取りを介さずに株式報酬を付与するとなれば、無償での株式を交付することになり、それを可能とするためには、既に上場会社の取締役・執行役について認められているような、会社法の特則が必要となる。現在、公益社団法人商事法務研究会のもとで、会社法学者・実務家、法務省その他所管省庁関係者が参加する会社法制研究会が開催されているところ、株式を無償交付することができる対象者の範囲を拡大する会社法の改正の要否等についても議論がされており、今後の動向が注目される。

他方で、会社法上の株式発行手続とは別の問題として、労働法制上、従業員に対する賃金については通貨払い原則(労働基準法第24条)が定められており、従業員に対する株式報酬が賃金であると整理されると、その支給の適法性に疑義が生じかねないと考えられている。そのため、各社において、従業員向けの株式報酬は、既存の賃金体系への上乗せとして整理する(そう整理できる限度で支給する)という対応がされており、この問題が、実質的な賃金代替物として大胆に株式報酬を導入することを困難としている面もある。加えて、株式報酬の権利確定時(株式付与時、あるいは譲渡制限付株式報酬であれば譲渡制限解除時)に原則として所得税課税が生じるため、従業員は納税資金を用意する負担が生じるところ、課税時に必要分の株式を適法に売却して納税資金に充当できるか(いわゆるsell-to-cover arrangement)という問題もある。譲渡制限付株式報酬に関連して、金融庁の「インサイダー取引規制に関するQ&A」に2024年4月19日改訂の際に「応用編(問10)」が追加され、源泉徴収税額充当目的の売却に関してインサイダー取引規制違反とならないための考え方(上場会社の役職員等による一般的な内容の譲渡制限付株式の売却であって、(i)譲渡制限解除後速やかに行われる源泉徴収税額へ充当するための売却であること、(ii)役職員が指図を行わない売却の執行の仕組みであること、(iii)上記(i)及び(ii)があらかじめ社内規程や契約等で規定されていること、という3つのいずれの要素をも備えるものであれば、インサイダー取引規制違反とならないという整理)が示されるなど一定の進捗は見られるものの、実務上の対応が確立しているとは言い難い状況にあり、従業員に対して株式報酬を拡大する上で納税資金の問題は依然として課題であろう。

また、上記のとおり、米国においては、株主総会の議案として、あるいは年次報告書の内容として、従業員向けの株式報酬プランに関する事項が詳細に開示されることが、制度上も一定程度担保されている。これに対し、我が国では、役員向けの株式報酬については開示の充実が図られてきたが、従業員向けの株式報酬については、その内容を開示させる制度的な手当てはされていないし、従業員向けの株式報酬については株主総会決議を経ないので、議案の形で投資家の目に触れることも想定されていない。従業員向けの株式報酬が今後拡大していくとすれば、株式の希釈化の程度という観点からの開示が重要となることはもちろん、ガバナンスや人的資本経営等の観点からも、従業員向けの株式報酬制度の全体像や詳細について投資家等の関心が高まることも予想される。投資家とのエンゲージメントにおいてそのような情報を開示することが有用であると考える企業は、法令等による規律がなくとも積極的な任意開示を進めると思われるところ、そのような自主的な取組みに期待することも一つの方法であるし、それに加えて、そのような開示が我が国上場企業の投資対象としての魅力を高めること等のために有益なのであれば、一定の開示ルールを設けて、開示レベルの標準化を図ることも検討の余地があるのではなかろうか(例えば、上記の有価証券報告書における株式所有制度に関する開示を整理・拡大する方向で議論することも一案と考えられよう)。

WTW について

WTW(NASDAQ:WTW)は、企業に対し、人材、リスク、資本の分野でデータと洞察主導のソリューションを提供しています。 世界140の国と市場においてサービスを提供しているグローバルな視点とローカルな専門知識を活用し、企業戦略の進展、組織のレジリエンス強化、従業員のモチベーション向上、パフォーマンスの最大化を支援します。

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